うた Feed

2018年12月 7日 (金)

油絞りのテーマ

知り合いの変わり者のオッサンが、
私の曲をもとに動画を作ってくれた。

曲はもう30年以上も前、
うちのスタッフの書いた話をモチーフに作った、
「油絞りのテーマ」という曲で、
当時普及し始めた、
4チャンネルのカセットテープレコーダーで、
多重録音をした曲である。

キーボードなどろくに弾けないのに、
友達がいないので、
ひとり暗く淋しく録音するしかなかったのである。

写真の方は、
これといったテーマもなく、
ここ10年ほどの間、
ただ雑然と漫然と、
安いコンデジで撮っていたものである。


こんな材料でなんとかなるのか?
と思ったら、
編集の腕の妙で、
予想以上に素晴らしいものに、
なったのである。

ということで、
ご覧下さい。
「油絞りのテーマ」。



YouTube: 油搾


その変わり者のオッサンは、
以前は業界新聞の編集長、
今は小学校の用務員として、
善良市民のふりをしつつ、
本質は文筆家として、
小説や人生論などを書いてるようである。

そんなオッサンの作品を、
読んでみたい!という人は、
右の方のLINKの下、
「メールを送信」というボタンから、
当ブログへご一報を。


ついでに、
彼が、奥さん(カンボジアの女性)のアルバムと、
私の歌とを素材に作った、
別の動画もあるので、
よければこちらもどうぞ。


YouTube: 大宰府の春の雨/ぶらん亭





2018年6月 6日 (水)

「ことばの体温」という歌

ことばや時間が手触りをもって感じられるような、
いいミュージックビデオに出会った。

詩も曲もアレンジもいい。
特に柱時計のようなベースが心地よい。
郷愁を誘う動画と相まって、
砂の上を柔らかく歩いていくような気分になる。







▲【MV】ナナシナタロウ×長野光宏「ことばの体温」


歌ってるナナシナタロウさんにはまだ面識はないが、
動画は知人の息子さんの手になるもの。

木の人形を少しずつ動かしながらコマ撮りするという、
昔ながらの手間のかかる手法で作られているらしく、
その手法がまたこの歌に良く合っている。

今の時代、
どんなものでも、
手っ取り早く作る方法はあるのだろうけど、
手っ取り早く作ったものは、
やはりそれなりのものだ。

時間をかけることで、
伝えられるものというのは、
確かにある。

いつの時代にも、
手で作るというのは、
手をかけるというのは、
いいものだな。

2018年4月 1日 (日)

鷺の唄

「キラキラTVパラダイス」のバイオリ二ストかおりさんは、
昨年の「まぼろし楽団」ライブでも見事な腕前を披露してくれましたが、
実は野鳥ファンで、それも特に鷺が好きなんだそうです。
で、「鷺の唄」という詞を書きまして、
それに「まぼろし楽団」マンドリンのレオ君と私とが、
競作でメロディーをつけようという計画があったんですが、
レオ君はいろいろ身辺の変化で、
私の方は才能の枯渇で、
いつまでたっても曲が出来上がらないもんだから、
かおりさんも「もういい!曲も自分でつける」と業を煮やし、
で、結果、こんないい曲が出来上がってまいりました。
歌も演奏もかおりさんです。

この下の saginouta.mp3 をクリックして
聴いて下さい。


saginouta.mp3



「鷺の唄」 作詞・作曲 かおり

ある日の昼下がり
そいつは佇んでいた
可愛い名前
焼き付いた 満開の桜より 先に

束の間の休日
ほっとする時間
野鳥の会ならぬ
鷺の会へGO

待ってるから
大きな羽ひろげずに
もったいぶりながら

道行く汽車の窓
あわただしく進む田んぼ
シャッターもきれず
今日が過ぎて行く


ある日のレンズ越し
そいつは凛としてた
可愛い名前
つぶやいた 照らす太陽よりも 先に

束の間の休日
ほっとする時間
野鳥の会ならぬ
鷺の会へGO

待ってるから
長い首を動かさずに
純白な姿のまま

季節はゆっくりと
その姿を変えて行き
おとなになる
旅立ったあなた


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1番の詞に「大きな羽」とあるのは、
多分このアオサギでしょうか?
手元の図鑑では全長93㎝とあります。
実際大きくて、存在感がすごいです。



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2番の詞には「純白な姿」とありますから、白鷺でしょうね。
白い鷺にはダイサギ、チュウサギ、コサギがいますが、
足の指が黄色いので写真のこれはコサギ。


いやはや、実はおっさんも途中まで作りかけてたんですがね、
これを聴いた日にゃまいりました!
下手なメロディーをつけなくて良かったぁ〜!!



2017年12月 8日 (金)

しあわせと気づくことがしあわせ

私の「太宰府の春の雨」を使って、
YouTubeに動画をあげてくれているK氏が、
もう1曲あげてくれている。

いなくなった猫を思って作った
「しあわせ それは」という曲。

今聴くと、
ずいぶん下手な歌とギターで恥ずかしいのだが、
K氏のまわりの人には評判がいいらしい。
多分、誰もが、
無くしたものを大切に抱き続けてるんだろう。


YouTube: しあわせそれは.wmv

しあわせ それは 【ぶらん亭ランイチ 作詞:作曲】

  しあわせ それは お前がいて
  あたりまえに お前がいて
  おんなじ 窓から
  おんなじ 景色を  
  おんなじ 季節を 眺めること

    ほんの小さな お前なのに
    いなくなったら 世界が壊れた

  しあわせ それは 小さくて
  丸くて 軽くて 柔かな
  お前の 温もり 
  抱きしめながら
  流れる 時間を わけあうこと

    ほんの小さな お前なのに
    いなくなったら 涙が止まらぬ


映像は6〜7年前の、
飯塚「でくのぼう」という喫茶店でのライブ。
撮影はK氏。
映像の中で一緒にいてくれてるのは、
バンド「セッティング・サン」の、
また「インビシャス」のリードギターで、
今はソロでバリバリ飛ばしてるヨリ君。


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これがいなくなった猫のアゴン。
写真はちょうど10年前の12月、
3ヶ月頃のアゴン。

翌年の10月、
1歳の誕生日を少し過ぎたあたりのある日、
いつものように散歩に出たっきり戻らない。
生死もわからないままだから、
9年たった今もあきらめきれない。

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アゴンのおかげでオレはすっかり猫派になり、
今はブランとルテンの2匹の猫がいる。
もしこいつらがいなくなったらと、
その時のことを思うと、
なさけないが正直、
耐えられるかどうか、
自信は無い。



足りないもの、欠けてるものはいろいろある。
かなわない望みも、そねみもひがみもある。
だけどそんなものはなんとかなる。
頑張ったり、気持ちを変えたりすれば、
なんとかなる。

なんともならないものが、
かけがえのないものだ。
お金でも力でもどうにもならない、
人にはどうにもできない・・・、

それらがそばにいるのなら、
それらが無くなってないのなら、
それが「しあわせ」という状態。

今がしあわせと気づくこと、
それがしあわせ。


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自分に言ってるんです。
おっさんがエラそーなこと言ってやがら〜なんて、
不快にならないでね。



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2017年12月 5日 (火)

時の流れを思う唄

30代始めの頃、
太宰府天満宮の菖蒲池のほとりの茶店で、
友人と酒を飲んでいて、
その時の、
季節や天候の移り変わりに、
自分たちのそれから先の変化を思い、
「太宰府の春の雨」という唄を作りました。

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▲これはイメージ(戸畑夜宮公園の菖蒲池)

その唄を気に入ってくれた人がいて、
その唄をバックにした動画を作り、
YouTubeにアップしてくれてます。

その人(残念ながら美女ではなく、ちょっとうるさいおっさん)は、
なかなか起伏に富んだ道を歩いてこられたようで、
奥さんはカンボジアの人、
職業は自称「傾聴者 助言者 詩人 コラムニスト」だそうです。

動画は奥さんとの歳月を編集したもので、

 「私の父が亡くなったのが67歳の時で、
  私の年齢からいけばあと3年です。
  それ以上生きるかもしれませんが、
  だれも千年は生きられませんから、
  私の亡きあとに妻がこの動画を見て、
  今の私の思いに気がついてくれたら」

との思いで作られたそうです。



YouTube: 大宰府の春の雨/ぶらん亭


演奏はライブの練習をたまたま手近のテレコで録っていたラフなものですが、
自分の歌唱はともかく、
マンドリン(松岡怜央君)とバイオリン(かおりさん)がとてもいいです。
どうぞご覧下さい、お聴き下さい。


  太宰府は春の雨 季節に移り変わる花
  君と僕 眺めてる 茶店でお酒を飲みながら
  10年あとにも春は春 季節は巡るだろうけれど
  君の髪 長いかな? 10年あとも

  身をかため時を待つ 菖蒲のつぼみにふる雨が
  ほんのわずか時を過ぎた ツツジの花を散らしていく
  強まる雨風に追われて 人は傘をさし急ぎ足
  僕はどこ 吹く風かな? 10年あとは

  ザアザアといくつもの雨 ヒュウヒュウといくつもの風
  とどまらぬ時の流れ 人の旅 追い越していく
  いつかは君も腰を降ろし 僕の足も錆び付くのかな?
  君の歌 聞けるかな? 10年あとも

唄というのはタイムカプセルのような面もあって、
歌うたび、それを作った時の感情に包まれます。
だからこの唄を歌うときは、
10年後を覗こうとしている30歳の自分と、
その10年後さえも遥かに過ぎて白髪になった今の自分と、
その両方の視線が合うような、
ちょっと不思議な感覚がします。

でも、こちらからは茶店の自分が、
会社勤めからはじき出され、
これからどうしようかとポツンと座ってる自分が見えますが、
彼からは決してこちらは見えないんですね。

そんな、絶対に遡れない流れの中で
人は笑顔でいようとし、
人を笑顔にしようする。

人はみな、
限りなく小さくて、
限りなくいじらしくて、
限りなく愚かで、
限りなくいとおしい、
動画を見ていて、
そんな気持ちになりました。

動画をあげてくれたKさん、
ありがとうございます。

Kさんは、
私の「しあわせそれは」という唄もアップしてくれてますが、
その話はまた次回。

2017年11月28日 (火)

路地裏散歩

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あてもなく路地裏を歩くというのが好きです。
お金もかかりませんしね。
誰の迷惑にもなりませんし、
健康にもいいし、
皆様も休日の趣味になされてはいかがでしょうか?



Photo

▲猫町 萩原朔太郎 岩波文庫

 前もってこの「猫町」を読んでおくと、散歩がいっそう楽しめますよ。
 多分5倍は楽しくなる。
 というか、路地裏散歩の基本というか・・・。



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▲つげ義春 旅日記 つげ義春 旺文社文庫

 こちらは古本で見つけるしかありませんが、
 これに収録されている「猫町紀行」も必読!
 というか、つげ先生のお作は、
 すべて路地裏の匂いがします。
 どれでもいいので読んでおくと、
 路地裏散歩がさらに味わい深くなるでしょう。




先日のまぼろし楽団ライブの「路地裏ラグタイムブルース」動画を、
折尾の唄うたい汀君(村岡達也君)がYouTubeにあげてくれました。
この歌も覚えて行くと、
路地裏散歩がさらに楽しくなるかもしれません。
歌ってるおっさんは時々歌詞を忘れてますが。
酔ってるんでしょうか?






YouTube: まぼろし楽団


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路地裏ラグタイムブルース
   作詞:作曲 ぶらん亭ランイチ

知らないあの町 知らないこの町
あてなどないまま 気の向くままに
細道坂道 路地裏歩けば
いつしか時間は 逆回り
 昔 懐かし 駄菓子屋で
 子供の自分と 出会いそう
路地裏はおかしな 不思議な猫町
迷い子気分で 路地裏ラグタイムブルース

誰もがどこかで なにかをなくして
忘れたままで 大人になるけど
夕焼け坂道 路地裏歩けば
いつしか時間は 逆回り
 まぼろし 影法師 落とし物
 なくしたなにかを 思い出しそう
道はどこかに 通じているから
も少し歩こうか 路地裏ラグタイムブルース




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路地裏ではきっと猫たちが迎えてくれますよ。

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▲オミャ〜 ミカケニャイ カオダ ニャ〜!


では行ってらっしゃいませ。



2017年8月 2日 (水)

センチメンタル・サマー

あの頃の夏、
女の子はまだ遠い遥かな、
柔らかな神秘的な素敵な存在だった。
地平線は果てしなく、
人生は永遠だった。


YouTube: The Four Seasons - Rag Doll

ラグ・ドール 【フォー・シーズンズ】
(ボブ・ゴーディオ/ボブ・クリュー)

あの頃の夏、
最初に好きだったのがフォー・シーズンズ。
ビ−トルズ前夜の、
ポップスの楽しさ、きらめき。
4曲入りのコンパクト盤を繰り返し聴いた。
「シェリー」、
「セイブ・イット・フォー・ミー」、
「シックスティーン・キャンドル」、
そしてこの「ラグ・ドール」。






YouTube: Don't Worry Baby

ドント・ウォーリィー・ベイビー【ビーチ・ボーイズ】
(ブライアン・ウイルソン)

同じくらい好きだったのがビーチ・ボーイズ。
あの夏、
アメリカはまだ夢の国として輝いていた。
明日はラジオのヒットパレードの向こうで手招きしていた。
行けない道なんかなかった。

白い渚、
内気な少女との出会い、
寄せては返す波の音、
星空を見上げながらの語らい、
そして・・・。






YouTube: The Ronettes - Be My Baby - Stereo

ビー・マイ・ベイビー【ロネッツ】
( ジェフ・バリー/エリー・グリニッチ/フィル・スペクター)

そしてロネッツのこの曲。
ブライアン・ウイルソンはこの曲の続編として
「ドント・ウォーリィー・ベイビー」を作ったんだという。
「ラグ・ドール」のイントロのドンドドンというバスドラも、
きっとこの曲へのオマージュだろう。
つまりこの曲こそ「あの夏」の原点。


今の音楽状況には疎いんだけど、
どうなんだろう?
今の子達の聴く音楽にも、
永遠の夏は含まれているんだろうか。


幻想は必要なんだ。
特に思春期の男には。
その後のリアリズムの人生のぬかるみを行く時でも、
見上げるものがあれば歩いて行ける。

才能と現実との乖離、
人気の低下、
失意、
メンバー間の確執、
犯罪、
訴訟、

永遠に輝く夏はないけれど、
フォー・シーズンズは映画「ジャージー・ボーイズ」で再び脚光を浴びた。
ブライアン・ウイルソンも新しいアルバムを発表し続けている。
YouTubeでは昨日「ビー・マイ・ベイビー」を歌うロニー・スペクターの動画を見つけた。
なんと2年前のステージだ。
髪型は昔のまま・・・。
ついでに「リトル・ダーリン」を歌うダイアモンズの動画も見つけた。
こちらは全員ハゲ頭・・・。

死んだ者は死んだ者。
生きてる者にはいろいろある。
そして生きてる者は誰も、
それなりに頑張って生きてる。


思えばいい時代だったと思う。
いい夏だったと思う。
もう人生が終わろうかというこの頃になっても、
あの暑さを引き摺り、
いまだに胸がうずく、
夏になると。


2017年4月 4日 (火)

桜の頃には思い出す

何年か前に聴いた桜の歌がこの頃妙に思い出されて、
でも題名も歌手名もうろ覚えだったので、
ネットで検索したが、
なかなか出てこなかった。

あれこれ調べて、ふくい舞の歌う「いくたびの櫻」だとわかった。
作曲の佐藤博さんが、亡くなった愛犬のために作っていたメロディーに、
ベテラン作詞家の山上路夫さんが詞をつけたものらしい。
2011年に日本有線大賞と日本作詩大賞を受賞しているとのこと。

検索でサッと出て来ないということは、
この曲、一般的にはあまり知られてないのか?
そうだったら残念だ。
それでも試聴回数10万回以上となってるから、
届くべき人のところには届いているのだろうけど。

ということでご紹介。
この曲、もしご存知なければ、
ぜひ聴いてみて下さい。





いくたびの櫻(アコースティックVer.)
歌:ふくい舞 詞:山上路夫 曲:佐藤博


ざっと数えてみると作詞の山上路夫さん、その時75歳?
さすが深みのあるいい詞ですね。
まあ、若い人には受ける曲ではないかもしれませんが、
50歳以上くらいだと沁みるんじゃないでしょうか?
60歳以上のおっさんは、あらためてちょっと涙ぐみました。

桜の咲く頃に、亡くなった友人。
桜の咲く頃に、亡くなった父。
桜の咲く頃に、生まれた子供。

津山の桜、
松下電器工場の桜、
猫の登った桜、

年を取ると涙もろくなるのは、
思い出す事も多くなるからだと。

2017年3月21日 (火)

お互いに涙もろくなってしまって

ガクさんは飯塚駅前で、
「でくのぼお」という喫茶店をやっている。

やっているというか、
今では店は休眠状態、
ガクさんの生き甲斐の、
グランドピアノを置くためのスペースと化しているようだ。
ガクさんはそこで毎日、
電気もつけず、冷暖房も入れず、
ピアノを弾いている。

Photo

先日、
自身の生活支援のカンパライブをやりたいからと呼ばれ、
7年ぶりに訪ねた。

会わなかった7年の間に、
脳梗塞に見舞われ、
さらに子供の頃の古傷の弊害もひどくなり、
いろいろ大変なことになったと言う。

オレはオレで眼がつぶれそうだ、肺もつぶれそうだと、
病気の話なら負けていない。

まさか、オレ達にこんな、
病気の話をし合うような日が来るとは・・・。


出合った頃は、お互いピッカピカの20代。
それ以降、ガクさんの店ではもちろん、
なぜかボタ山のてっぺんや、
なぜか社会党の演説会や、
なぜかなんかよくわからん妙に健康的な?サークルの野外コンサートやと、
いろんなライブをやってきた。


今やお互い60代も後半だから、
40年来のつきあいになる。
その40年の間、
親しく会う時期もあれば、
何年間も疎遠のままの、
そんな時期もあった。


1

ガクさんは筑豊という場所、
昭和という時代、
そんな自身の生まれ育ちに根ざしたところで、
唄を作り、歌っている。

いい唄がたくさんある。
深くて塩辛い、なんとも味のある声も持っている。
楽器はなんでも上手い。
これだけの才能だから、
もっと陽があたってもいいんだが・・・。
陽があたるべきなんだが・・・。




脳梗塞を患って以後、
半身に麻痺が残り、
生計を立てていた新聞配達もできなくなったので、
今は病院から薬を貰う金さえないと言う。

ま、そんなわけでの今回の、
自身救済カンパライブとなったわけだ。



ガクさんの唄に、
「一合の酒」というのがある。
脳溢血に倒れ、
涙もろくなってしまった父親のことを歌っている。

オレも今は、猫のせいか、年のせいか、
風が吹いても泣くようなバカになってしまったが、
今みたいに涙もろくなる前から、
「一合の酒」には、
聴くたびに泣かされていた。


2

で、ライブでは「一合の酒」をリクエストしたが、
「オレもあんたと同じように涙もろくなってしもうたけさ、今は歌えんなあ」と言う。
そこを無理にと頼んで歌ってもらったが、
やはり途中で声がつまってしまった。
いやはや、
お互いすっかり涙もろくなってしまったもんだ。


ということで「一合の酒」、
昔の録音があるので置いときます。
ある程度以上の年齢を重ねた方には、
しみじみ沁みると思います。
聴いてみて下さい。



ichigou.mp3

▲一合の酒 (詞・曲/国房 学)
 
 母の涙もろさを
 あんなに笑ってた父が
 今じゃささいなことで
 涙を流す

 元気な頃は頑固で
 涙なんか誰にも
 見せたことはなかった
 強い人だったのに

  子供らのために
  汗水流して
  働いて
  ただひとつだけの楽しみといえば
  仕事終えての
  一合の酒


 古いアルバム開いて
 深くため息ついて
 若い頃の自分を
 じっと見ている

 そんな父の横顔
 そっと盗み見れば
 いたずらに過ぎた月日は
 重たくも悲しい

  誰にも言われぬ
  さみしさの中で
  生きてきて
  胸にたまってた
  我慢の涙は今一度に
  溢れ出した

 不治の病に倒れて
 身動き一つままならず
 眠ったり起きたりの
 余生をすごす

 着替えで父の体を
 そっと抱き起こせば
 私のかけた不幸の
 重さにも足りない

  子供らのために
  汗水流して
  働いて
  ただひとつだけの楽しみといえば
  仕事終えての
  一合の酒


できればガクさんには、
今からでも陽があたらないかなあ。
そしてついでにオレんとこにも、
おこぼれがこないかなあ
(コラコラ!さもしいこと言うんじゃない!)。


2017年2月23日 (木)

電話はしみじみ

携帯電話を持ってない。
いや、持ってはいるけど車に置きっぱなし、
電源を入れることは滅多にない。
外出先でなにかあって電話をかけなければとなった、
その時のためだけに持っている。
この頃は公衆電話が見つけにくくなったので。

ま、それだけ時代から、社会から、無用とされている、
それだけ友達もいないということでもある。

でも、
そもそも電話というもの自体、
苦手だな。

今の人は、
生まれた時から電話に親しんでるんだろうけど、
ぼくの子供の頃は電話なんてなかった。
近所の酒屋の店先の赤電話が、
町内のたった一台の電話だった。
市外へかける時にはまず店の人に言って、
交換手につないでもらってた。
会話が終わると交換手から店に
「今の通話は何分で何円です」と、
電話がかかってくる仕組み。

ということで、
そんな、
いちいち交換手を通して電話をかけていた時代ならではの歌、
ジム・クロウチの「オペレーター」。
1973年のライブです。






Operator - Jim Croce & Maury Muehleisen (Live, January 29, 1973)


  昔の親友と暮らしている昔の彼女、
  ふたりに「オレは元気だぜ」って言ってやりたいんだ、
  あの時はちょっとはショックだったけど、
  今はもう平気さと言ってやりたいんだ、
  だから交換手さん、
  番号がわかったらつないでください。

  交換手さん、
  教えてくれた番号が読めないんです、
  なにか目に入ったみたいで、

  交換手さん、
  もういいです、
  この電話はなかったことにしてください。
  愚痴につきあってくれてありがとうございます。
  お金は取っといてください。

振られた彼女に強がりの電話をしようとしたけれど、
自分で思った以上にまだ自分がまいってることを知り、
途中でかけるのを断念・・・。

手痛く振られたことのある男(つまりすべての男?)には、
実に身につまされる曲ですね。

Photo

▲ジムに手を出すな ジム・クロウチ 1972年 日本フォノグラム
 このセカンドアルバムB面の1曲目に収録されてます。

店員、工事人夫、
不本意な暮らしを送りながら、
30歳近くでの遅咲きのデビュー、
そして、やっとこれからという1973年、
飛行機事故で死去。

不器用で暖かい歌声、
その曲調、
その風貌、

ジムの歌は、
その人生とあいまって、
聴くたびに、
時代にはずれたおっさんの涙腺を引っ張る。


2016年11月 7日 (月)

どこへ行こうか夜の風

今の時代、
ネットに情報があがってなけりゃ
存在してないのも同じとかいわれたりするようですが、
われらがおっさんユニット「コクラ・ブギウギ・ブラザーズ」
略して「ブギブラ」も、
結成6年(うち5年は休眠)にして、
やっとその動画がYouTubeにあがりました。
相棒ヨリ君の知り合いの人妻が、
先月のライブをUPしてくれました。
ありがとうございます。
人妻殺しのブギブラです。
って、
コラコラ!

ということで、その中から1曲。
「どこへ行こうか夜の風」をお聞き下さい。

みんながやってる「ハーモニー」というやつを、
われらも一度はやってみたいと思いながら、
ハモるというのも、
出来る人はいともカンタンにやってるようですが、
おっさん達にはなかなか大変でして、
で、なんとかヨタヨタ、
ヨリ君のボーカルにおれが「ハーモニー?」をつけた?という、
もうね、人生いくつになっても挑戦だねという、
やればやれるという、ね、
今、なにかをあきらめようとしている人にとってはそんな励みに・・・、
は、
ならないかな?やっぱし。






YouTube: ブギブラ 2016/10/22 ②


  この頃酒に 弱くなった
  帰る夜道が 長くなった
  背負う夜空が 重たくなった
  見つめてたあかりが 遠くなった

  友達は 遠い街
  あの娘も今じゃ 遠い人
  戻れない 遠い日を
  恋しく思う こんな夜は

   どこへ行こう?どこへ行こう?
   どこへ行こうかね?夜の風
   遠い旅にでも出ようかね
   夜汽車の夢でも見ようかね


  曲がりそこねた 曲がり角
  わからぬままに 分かれ道
  迷い続けて 長い道
  道は今も 風の中

  古びた歌を 歌ってる間に
  街も時代も 変わってゆく
  たたずむ俺を 追い越して
  季節過ぎてく こんな夜は 

   どこへ行こう?どこへ行こう?
   どこへ行こうかね?夜の風
   遠い旅にでも出ようかね
   夜汽車の夢でも見ようかね


え?ハモってない?
いいんです、このルーズさがウリなんです。
え?そんなウリは誰も買わない?
うるさいなあ、おまえ、誰?
って、あ、オレか。


Photo


この曲はずいぶん古くておっさんが20代の時作った曲。
長い月日に歌詞がころころ変わって、
昔のノートをひっぱり出してみたら
「あてもなく夜の町 金もなくうろついて」
なんて詞で始まってる。
昔からしょぼくれてたんだなあ、オレ・・・、グスン。
最近ようやく今の歌詞に定着。

というわけで、
単純な詞のようで、
じつはその裏にはひとりの男の人生の重さが、
なに?しょーもない人生だ?
しょーもない歌に、しょーもない講釈聞かされるのは人災だ?
だから誰なんだ、おまえ、
って、あ、オレか。
しつこいな!オレ。

ということで、
覚えやすい歌です。
帰り道、この歌をくちすざみますと、
不思議に一日の悲しみが、疲れが、癒されます。
さあ、みんなで歌いましょう!

って、
そんなことあるわけねえ!

って、またぁ、
誰なんだ、おまえ!

2016年10月18日 (火)

答えも木の葉も風の中

熱心に観ているわけじゃないので、
そうじゃない報道もあるのかもしれないが、
眼にした限りではどの報道も判で押したように
「風に吹かれて」をバックに、
「ベトナム戦争が」とか、「公民権運動が」とか、
そんなことばかり言ってるようだ。
まるで「風に吹かれて」の詞で賞を取ったみたいだ。
それらはみんな、もう50年以上も前のことなんだけどなあ・・・。

ディランが今でも変わり続け、
チャート上位にランクインされるアルバムを発表し続けていること、
75歳の今でも毎晩のように、
それこそ多分今夜だって、
世界のどこかでライブをし続けていること、
もしそんなことを知らずにいるのならあきれるし、
知ってて、あえて「戦争反対」の人としたいのなら、
まったく滑稽なことだ。

「社会派フォーク」だとか、
「プロテストソング」だとか、
いまや死語に等しいそんな言葉を久々に聞いていると、
あの当時ディランの親友であり、
一時期はライバルでさえあった、
それこそ「社会派フォーク・シンガー」の、
フィル・オクスのことを思ってしまう。


フィル・オクスにはディランも一目置き、
新しい歌を書いた時には真っ先にフィルに聞かせたと言う。

その後、ロックのサウンドを手にし、
ますます表現を深めて行くディランから見ると、
政治的な歌にとどまり続けるフィルは歯がゆく思えただろう。

  どうかきみの窓から這い出してきてくれないか?
  手足を使ったって、きみはめちゃくちゃになりはしないよ
  (訳:中川五郎)

この1965年の「窓からはい出せ」は、
フィルに向けて書かれた曲だという説もある。
政治は政治にしかすぎない、
そんなものにかかわって才能をすり減らすな、
もっと自分の内面を掘り下げて、
それを音楽にしろ。

それはフィルにもわかっていただろうと思う。
フィル自身、出来るならそうしたかっただろう、
だけどディラン、
あんたに出来たからって、
誰にだって出来るわけじゃないんだ、
あんただから出来たんだ・・・

デイランに「窓からはい出せ」の感想を求められ、
フィルは初めてディランに対して否定的な意見を口にし、
それがふたりの別れになったという。

  
 

巡り合わせによっては、
彼も「風に吹かれて」なら書けたかもしれない。
でも「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、
「ジョアンナのビジョン」は、
「運命のひとひねり」は、
やはり、書けなかっただろうなあ。

オーケストラを導入したり、
エレキギターを構えたり、
彼なりに「フォーク・シンガー」の殻を破ろうとはしたんだが。

  

  


凡百のフォーク・シンガー以上の才能はあったのに、
いや、むしろ、あったゆえに、
ディランの圧倒的存在に押され、
やがて大きく引き離され、
1976年、自殺。

フィル・オクスのことを思うと泣きたくなってしまう。


当時、同じように時事的と思われたディランの曲が、
その独特の視点で、今も普遍的な意味を持ち続けているのに比べ、
残念ながらフィルの歌は、
時代とともに意味をなくしてしまったものが多い。
だけどいくつかのメロディラインの美しい曲、
それらは今でも胸を打つ。

ねえ、フィル、
おれはディランが大好きだけど、
あんたの「木の葉の丘」も好きだ。
ディランと比べてどうとかじゃなく
おれはあんたが好きで、
この曲も大好きだ。






YouTube: Phil Ochs - Changes

(木の葉の丘)

(上の画像をクリックすると
「この動画はYouTubeでご覧ください。
 他のウゥブサイトでの再生は、
 動画の所有者によって無効にされています。」
というメッセージが出ます。
画像の下の茶色の
YouTube: Phil Ochs - Changes
という文字列をクリックするとご覧いただけます。)
(2分25秒あたりにディランとのツーショットあり。)


  夏の緑は秋には色づきやがて枯れてしまう
  情熱もふたつに別れおかしな思い出に変わって行く
  風に舞う花びらのような、
  あやつり人形のようなぼくたち、
  なにもかも変わっていく

2016年9月 7日 (水)

うた/ブギでぶらぶら

え〜、
ということで、
「歌を聞き心が癒されました」
「おかげさまで主人が浮気をやめ円満な家庭に戻りました」
「傾いていた事業が持ち直しました」などと、
予想外のありがたいご好評をいただいてはおりませんが、
「声に出して歌いたい私の歌」シリーズ(え?そんなシリーズだったのか?)、
早くも第4回。

いいじゃないですか、
別にだれかに迷惑かけてるわけじゃないんですから。
イヤなら聞かなきゃいいんですから
(なんか言われたのか?)。

ということで、
聞いてやってもいいという方だけ、
パソコンのボリュームを下げ、
心の準備をされた上で、
下のboogie.mp3を押して下さい。


boogie.mp3


▲ブギでぶらぶら

  道はいつでも迷い道
  石ころだらけの曲がり道
  今さらぼやいても始まらないから
  しかたねえなと笑いとばして
  ゆっくりいこうぜブギでブラブラ

  あの娘にふられて 雨に降られて
  泣きたい気分の帰り道
  あれこれ思えばきりがないから
  ここらでさっぱり笑いとばして
  ゆっくりやろうぜブギでブラブラ

  あああ 腹へったなあ 夕焼け小焼け
  バカだなあ ま いいか
  昨日は過ぎたし 明日はまだだし
  なるようになるさと笑いとばして
  ゆっくりいこうぜブギでブラブラ


Photo_2

6〜7年ほど前でしょうか?
彗星のようにあらわれるやいなや、
たちまち衰勢のうちに消えていった
「コクラ・ブギー・ブラザーズ」
略して「ブギブラ」という伝説のユニットがありまして、
そのテーマ曲でもありました。

ブギというのは「東京ブギウギ」とか
「銀座カンカン娘」とかの、
ズンズチャッチャズンズチャッチャというアレですね。
ま、ブルースが景気良くなったみたいなの。
なるようにはならない人生、
ブギでも口ずさみながら、
ゆっくりいこうぜという歌ですね。
って、
歌詞のまんまですね。

歌詞といえばところどころ間違えてますね、
酔ってたんですね、ゆうべは。
3番のサビなんかあとの詞を先に歌ってしまい、
あわてて前後入れ替えてますね、
「やりなおせよっ、オレ!」ていう気もしますが、
気の向いた曲を気の向いた時にぶっつけ一発録り!というのが
このシリーズのコンセプトなんで、
って、
そんなコンセプトがどうこういうような、
そんなもんでもありませんね、
って、
ま、いいんです、
どうせたいした歌じゃないんだし・・・
(やっぱりなんかあったのか?)。



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2016年8月31日 (水)

うた/100年の夏休み

あいつもおれも下手くそな歌唄いで、
下手くそ同士で妙に気があった。
30代の頃、
毎晩のようにこの部屋で、
酒を飲み、歌い、
時には近所から苦情が出るほど・・・。
酔ってそのまま床にごろ寝、
朝起きると「また迷惑をかけてしまったね」と、
しおらしい置き手紙が残ってたりした。
そんな一時期もあった。

「いいよ、なにがあっても。どうせ100年後には今の誰もいないんだから」
そんな話をしてるうち、
「今のこの人生というのは、実は夏休みなんじゃないか?」というような話になった。
「俺達どっか別の世界で長い修行の最中で、
 そのあいまの夏休みでこの世に遊びに来てるのかもしれないな?」
「一学期ちゃんと頑張ったから、ごほうびということか?」
「でも夏休みなら宿題があるな」
「ほうびの夏休みだからないんだよ、宿題なんか」
「あったりしてな」
「二学期になって登校したら、みんなちゃんと宿題やってて」
「俺達だけ立たされたりしてな」

そんな酔いの会話からできた、
「100年の夏休み」という曲です。
夏休みの最終日、
思い出して歌ってみました。
よければ聴いてみてください。


natuyasumi.mp3


▲ここを押すとショボイ歌が聞こえてきます。
 ほんとにショボイので、
 その覚悟をしてから押して下さいね。



100年の夏休み

  朝露きらめいて
  どこか遠くへ
  光る風の誘う
  夏の朝なら
  素足にズック靴
  小刀ひとつ持ち
  どこまででも行こう
  この夏休み

  宿題なんてない
  約束なんてない
  命よ100年の
  夏休みに遊べ
  夕立雨宿り
  迷い込む夏草
  長いか短いか
  100年の夏

  地平線果てなく
  回る星達
  夜は更けてくけど
  まだまだ遊ぼう
  どこから来てどこへ
  行くか知らないけど
  きっと又遊ぼう
  明日も一緒に

  夏休み終われば
  あの天の川
  僕たち透き通る
  流れに戻る


Dscn2524


彼とはその後、
かみあってたことばが微妙にずれるようになり、
会う度に後味の悪さの方が大きくなるようになった。

彼から、
その魅力だったしなやかさや柔らかさが、
失われていくように見えた。
でも彼は彼なりに、
なりたかった自分に近づいてると思ってたようだ。
彼自身がそう思って自分に胸を張れてたのなら、
それはそれでよかったんだろうと思う。
彼なりに宿題を頑張ったんだろう。
おれは、
ちょっとうつむきかげんのあいつの方が好きだったけど。


100年の夏の
そのなかばもまだそんなに過ぎないうち、
癌で逝ってしまった。
しばらくぶりに見舞いに行った2年前の、
俺の行くその数時間前、
その日の朝に息を引き取った。

いつかうんと年老いて、
また昔のように屈託なく話せる、
そんな日もあればと
思っていたが・・・。


急ぎ足で新学期に戻ったおまえ、
うまく進級できたか?
ひとり立たされてるか?


Photo


2016年8月13日 (土)

うた / あの夏の頃

暑い日が続きますねえ。
ゆうべというか、
今朝というか、
寝苦しくて目が覚めたらまだ1時で、
それから眠れず、
しかたないので、
昔の夏のあれこれを思い出しながら、
もんもんとしてました。

20歳の夏はプレハブ小屋の宿舎で、
1部屋に2段ベッドが4つ、
暑かったなあ〜!
もちろんクーラーなんてありません。

次の夏は丘の上の寮で、
1部屋に2段ベッドが2つ、
もちろんクーラーなんてありません。

その次は木造アパートの2階、
もちろんクーラーなんてありません。

ということで、
今日は、
そんな夏を思い作った歌を、
録音してみました。


▼ご用とお急ぎのない方は
 下の senrigaoka.mp3 をクリックして、
 聴いてやってください。

senrigaoka.mp3


▲たんにクリックすると、
 真っ暗に切り替わった画面から、
 暗い歌が聞こえてきて、
 本人でさえ不気味ですから、
 「別のウィンドウで開く」というのを
 選択されるといいと思います。
 


  天王寺のぜんざい

  だらだらと長い坂道くだれば 
  小便臭い映画館の日曜日
  夢は擦り切れてプツンと切れるフィルム 
  幕間のしらけた明るさ

  だらだらと長い坂道戻れば 
  舟底のような二段ベッドの
  後悔は夜の寝言 焼けつくアスファルト 
  真夜中に吠える臆病犬

  伝道集会の林檎の頬の女の子 
  ストリップ小屋で鼻先に突きつけられる性器
  柔らかなものを胸に抱きしめたかった 
  誰か人を抱きたかった夕暮れ

  ああ 天王寺のぜんざいよ 
  道頓堀の親子丼よ 千里が丘のラーメンよ
  もう引き返せない年で人に嘲られ笑われる 
  みっともない人と食べたお好み焼き


  それからそれから想い出すのは 
  四国から出てきたあいつのこと
  布団袋ひとつ ボストンバッグひとつ 
  夢を語るホルモンパーティー

  もっと金が欲しい もっと金が欲しいと 
  お前は神戸のキャバレーのボーイになった
  お前の働くそのキャバレーでは 札ビラが飛び交い
  ホステス達、便所の戸も閉める間もない忙しさだという
  そんな時代もあった


  ああ あれから何十年 おまえは約束通り 
  札ビラで人の顔がはたけたか?
  生まれて今日までお前を馬鹿にした奴等の 
  頬を一人残らずはたいて回れたか?

  それとも今頃じゃ当たり前の女と 
  子供の2〜3人に囲まれ
  只の気のいい ヒョウタンみたいな男になって
  今日の風に吹かれているか?

Photo

あの頃(1970年代)映画は、
封切りでなければ3本立て250円くらいで観れた。
そのかわり全国を回り回って来たフィルムなので、
上映途中で切れることも珍しくなかった。

あの頃キャバレーというのは格式の高いところで、
きちんとした服装でなければ入れなかった。
初めて人に連れて行ってもらった時には、
そんなことを知らずにジーパン履きだったので、
入り口で入店をとがめられ、
連れて行ってくれた人に恥をかかせてしまった。

夏になると、
汗だくだくで歩いたいろんな道を思い出す。
いつ、どこの道だったか、
具体的なことは忘れてても、
その気分を今もすぐ隣に思い出す。

そんな20代を思い出し、
この歌を作ったのが30代。
そしてそれから、
またいくつもの夏が過ぎ、
それこそ、
ああ あれから何十年・・・、

よくも悪くも、
今日の風の中だ。



2016年8月 6日 (土)

うた / 夏が来ると

夏ですね。
みなさまお元気でしょうか?

今日、
しみじみ夏だなぁと思い、
ふと思いついて、
自分の歌を録音してみました。

小学校の頃、
眼の治療で病院に通ってた、
そんな遠い夏休みの思い出をもとに作った歌です。


Photo

聴いてほしくて載せるんだったら、
もっとちゃんとした録音しろよという気もしますが、
まあ、そんなたいしたものでもないので、
過大な包装をして中味が貧しいというよりは、
かえってこんな剥き出しのままの方が失礼にあたらないかも?
という気もしまして、
まあ、そんなこんなで、
行き当たりばったりのぶっつけ本番、
素朴な録音の下手な歌ですが、
よかったら聴いてやってください。


natu_ga_kuruto.mp3

▲「夏が来ると」
(聴いて下さる方は、上の natu_ga_kuruto.mp3 をクリックして下さい
 単にクリックするとまっくらな画面から声だけ聞こえて不気味なので、
 右クリックで「iTunesで聴く」とか「新規ウィンドウで開く」とかを選択されるといいかと思います)




  夏が来ると思い出すのは
  小さな田舎駅
  紅くゆれるカンナの花
  そして母の日傘

  蒸気機関車の煙のにおい
  ほう酸水のにおい
  知らない町のビスケットのにおい
  通り過ぎる雨のにおい

    汽笛 異国 あこがれは 
    山の向こうの向こうの向こう

  夏が来ると思い出すのは




  夢は追えば消える逃げ水
  道の果てのまぼろし
  それでも振り向けばまた昔のままに
  沸き上がる入道雲 

    影絵 かげろう 貨物列車 
    海峡 坂道 駆け抜けて行く風

  夏が来ると思い出すのは

Photo_2


あの頃、
汽車はまだ蒸気機関車でした。
子供にとっては、
自分の足で歩いて行ける範囲だけが世界でしたから、
汽車に乗るというのは、
今の子にとっての飛行機に乗るようなワクワク感でした。
え?今の子は飛行機に乗ったってワクワクしませんって?
そうですか、
それは可哀想ですね。




ほこりっぽい道、
スイッチバックの線路、
トンネル、
蝉時雨、
病院の磨き込まれた床、
待合室の大きな柱時計、
薬品棚に並ぶ綺麗な色硝子の薬瓶・・・、



大人になった今では、
時折、車であっけなく通り過ぎる田舎町ですが、
子供の頃行ったほどの遠くへは、
車では辿り着けないようです。



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