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2018年6月 6日 (水)

「ことばの体温」という歌

ことばや時間が手触りをもって感じられるような、
いいミュージックビデオに出会った。

詩も曲もアレンジもいい。
特に柱時計のようなベースが心地よい。
郷愁を誘う動画と相まって、
砂の上を柔らかく歩いていくような気分になる。







▲【MV】ナナシナタロウ×長野光宏「ことばの体温」


歌ってるナナシナタロウさんにはまだ面識はないが、
動画は知人の息子さんの手になるもの。

木の人形を少しずつ動かしながらコマ撮りするという、
昔ながらの手間のかかる手法で作られているらしく、
その手法がまたこの歌に良く合っている。

今の時代、
どんなものでも、
手っ取り早く作る方法はあるのだろうけど、
手っ取り早く作ったものは、
やはりそれなりのものだ。

時間をかけることで、
伝えられるものというのは、
確かにある。

いつの時代にも、
手で作るというのは、
手をかけるというのは、
いいものだな。

2017年8月25日 (金)

青春、映画、音楽

男ばかり3人兄弟の末っ子だったから、
「お姉さん」というものにすごい憧れがあった。
「美しい、優しい、お姉さん」が欲しくて、
胸を焦がしていた中学生時代、
テレビでドイツ映画「朝な夕なに」を観た。

「美しい、優しい、年上の女教師」にひかれる、
多感な高校生の話。

それを観た多感な中学生も、
「美しい、優しい、女教師」に憧れたかったが、
学校にいた女教師は国語の太った先生と、
妊娠してタヌキみたいなお腹の音楽の先生と、
「あんたなんか高校落ちて泣けばいい」と言った英語の先生だけだった。

嗚呼!
まあ、現実がそうだから、
なおのこと幻想は美しく輝いていたのか?


主題曲「真夜中のブルース」にも魅せられた。
切々としたトランペットの音色、メロディーに、
「美しい、優しい、年上の女性」を夢見る心が、
どれだけグリグリグリグリ掻き回されたことか。

擦り切れるほど聞いたレコードは、
擦り切れながらも、今も持ってる。


Photo

▲ベルト・ケンプフェルト・ヒット4(第2集)
 ■真夜中のブルース ■愛の誓い
 ■面影のブルース ■追憶のブルース
        ベルト・ケンプフェルト楽団



映画の中ではライブハウスでの練習?、
そして葬儀の場と、
2回の演奏風景が出て来る。

その2本の動画ですが、
「他のウェブサイトでの再生は、動画の所有者によって無効にされています。」
とのことですから、
オレンジ色の文字列の方をクリックして下さい。
YouTubeに飛びます。






YouTube: Immer wenn der Tag beginnt・朝な夕なに.(1957)真夜中のブルース.Ruth Leuwerik.

▲ライブハウスで






YouTube: Immer wenn der Tag beginnt・朝な夕なに.(1957)真夜中のブルース.Ruth Leuwerik.

▲墓地で

それにしてもドイツではこれが高校生!?
大人びてますねえ。


同じ頃観た「青い麦」というフランス映画も、
年上の女性との夏の恋の物語だったな。
そういえば何年か前の、
「愛を読むひと」(2008年 アメリカ・ドイツ合作)も、
せつなかったな。

でも、今はオレも爺さんだから、
もうさすがに年上の女性は・・・。


ということで最後に、
純情可憐な少年が聴きまくった、
ベルト・ケンプフェルト楽団のバージョンをお聞き下さい。
これをYouTubeに投稿してくださった方も、
同じような青春の記憶をお持ちのようです。






YouTube: 真夜中のブルース(ベルト・ケンプフェルト)

2017年8月 2日 (水)

センチメンタル・サマー

あの頃の夏、
女の子はまだ遠い遥かな、
柔らかな神秘的な素敵な存在だった。
地平線は果てしなく、
人生は永遠だった。


YouTube: The Four Seasons - Rag Doll

ラグ・ドール 【フォー・シーズンズ】
(ボブ・ゴーディオ/ボブ・クリュー)

あの頃の夏、
最初に好きだったのがフォー・シーズンズ。
ビ−トルズ前夜の、
ポップスの楽しさ、きらめき。
4曲入りのコンパクト盤を繰り返し聴いた。
「シェリー」、
「セイブ・イット・フォー・ミー」、
「シックスティーン・キャンドル」、
そしてこの「ラグ・ドール」。






YouTube: Don't Worry Baby

ドント・ウォーリィー・ベイビー【ビーチ・ボーイズ】
(ブライアン・ウイルソン)

同じくらい好きだったのがビーチ・ボーイズ。
あの夏、
アメリカはまだ夢の国として輝いていた。
明日はラジオのヒットパレードの向こうで手招きしていた。
行けない道なんかなかった。

白い渚、
内気な少女との出会い、
寄せては返す波の音、
星空を見上げながらの語らい、
そして・・・。






YouTube: The Ronettes - Be My Baby - Stereo

ビー・マイ・ベイビー【ロネッツ】
( ジェフ・バリー/エリー・グリニッチ/フィル・スペクター)

そしてロネッツのこの曲。
ブライアン・ウイルソンはこの曲の続編として
「ドント・ウォーリィー・ベイビー」を作ったんだという。
「ラグ・ドール」のイントロのドンドドンというバスドラも、
きっとこの曲へのオマージュだろう。
つまりこの曲こそ「あの夏」の原点。


今の音楽状況には疎いんだけど、
どうなんだろう?
今の子達の聴く音楽にも、
永遠の夏は含まれているんだろうか。


幻想は必要なんだ。
特に思春期の男には。
その後のリアリズムの人生のぬかるみを行く時でも、
見上げるものがあれば歩いて行ける。

才能と現実との乖離、
人気の低下、
失意、
メンバー間の確執、
犯罪、
訴訟、

永遠に輝く夏はないけれど、
フォー・シーズンズは映画「ジャージー・ボーイズ」で再び脚光を浴びた。
ブライアン・ウイルソンも新しいアルバムを発表し続けている。
YouTubeでは昨日「ビー・マイ・ベイビー」を歌うロニー・スペクターの動画を見つけた。
なんと2年前のステージだ。
髪型は昔のまま・・・。
ついでに「リトル・ダーリン」を歌うダイアモンズの動画も見つけた。
こちらは全員ハゲ頭・・・。

死んだ者は死んだ者。
生きてる者にはいろいろある。
そして生きてる者は誰も、
それなりに頑張って生きてる。


思えばいい時代だったと思う。
いい夏だったと思う。
もう人生が終わろうかというこの頃になっても、
あの暑さを引き摺り、
いまだに胸がうずく、
夏になると。


2017年4月 4日 (火)

桜の頃には思い出す

何年か前に聴いた桜の歌がこの頃妙に思い出されて、
でも題名も歌手名もうろ覚えだったので、
ネットで検索したが、
なかなか出てこなかった。

あれこれ調べて、ふくい舞の歌う「いくたびの櫻」だとわかった。
作曲の佐藤博さんが、亡くなった愛犬のために作っていたメロディーに、
ベテラン作詞家の山上路夫さんが詞をつけたものらしい。
2011年に日本有線大賞と日本作詩大賞を受賞しているとのこと。

検索でサッと出て来ないということは、
この曲、一般的にはあまり知られてないのか?
そうだったら残念だ。
それでも試聴回数10万回以上となってるから、
届くべき人のところには届いているのだろうけど。

ということでご紹介。
この曲、もしご存知なければ、
ぜひ聴いてみて下さい。





いくたびの櫻(アコースティックVer.)
歌:ふくい舞 詞:山上路夫 曲:佐藤博


ざっと数えてみると作詞の山上路夫さん、その時75歳?
さすが深みのあるいい詞ですね。
まあ、若い人には受ける曲ではないかもしれませんが、
50歳以上くらいだと沁みるんじゃないでしょうか?
60歳以上のおっさんは、あらためてちょっと涙ぐみました。

桜の咲く頃に、亡くなった友人。
桜の咲く頃に、亡くなった父。
桜の咲く頃に、生まれた子供。

津山の桜、
松下電器工場の桜、
猫の登った桜、

年を取ると涙もろくなるのは、
思い出す事も多くなるからだと。

2017年2月23日 (木)

電話はしみじみ

携帯電話を持ってない。
いや、持ってはいるけど車に置きっぱなし、
電源を入れることは滅多にない。
外出先でなにかあって電話をかけなければとなった、
その時のためだけに持っている。
この頃は公衆電話が見つけにくくなったので。

ま、それだけ時代から、社会から、無用とされている、
それだけ友達もいないということでもある。

でも、
そもそも電話というもの自体、
苦手だな。

今の人は、
生まれた時から電話に親しんでるんだろうけど、
ぼくの子供の頃は電話なんてなかった。
近所の酒屋の店先の赤電話が、
町内のたった一台の電話だった。
市外へかける時にはまず店の人に言って、
交換手につないでもらってた。
会話が終わると交換手から店に
「今の通話は何分で何円です」と、
電話がかかってくる仕組み。

ということで、
そんな、
いちいち交換手を通して電話をかけていた時代ならではの歌、
ジム・クロウチの「オペレーター」。
1973年のライブです。






Operator - Jim Croce & Maury Muehleisen (Live, January 29, 1973)


  昔の親友と暮らしている昔の彼女、
  ふたりに「オレは元気だぜ」って言ってやりたいんだ、
  あの時はちょっとはショックだったけど、
  今はもう平気さと言ってやりたいんだ、
  だから交換手さん、
  番号がわかったらつないでください。

  交換手さん、
  教えてくれた番号が読めないんです、
  なにか目に入ったみたいで、

  交換手さん、
  もういいです、
  この電話はなかったことにしてください。
  愚痴につきあってくれてありがとうございます。
  お金は取っといてください。

振られた彼女に強がりの電話をしようとしたけれど、
自分で思った以上にまだ自分がまいってることを知り、
途中でかけるのを断念・・・。

手痛く振られたことのある男(つまりすべての男?)には、
実に身につまされる曲ですね。

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▲ジムに手を出すな ジム・クロウチ 1972年 日本フォノグラム
 このセカンドアルバムB面の1曲目に収録されてます。

店員、工事人夫、
不本意な暮らしを送りながら、
30歳近くでの遅咲きのデビュー、
そして、やっとこれからという1973年、
飛行機事故で死去。

不器用で暖かい歌声、
その曲調、
その風貌、

ジムの歌は、
その人生とあいまって、
聴くたびに、
時代にはずれたおっさんの涙腺を引っ張る。


2017年1月12日 (木)

いまさらビートルズ

久々に映画に行った。
小倉に一館だけ残っている昔ながらの映画館、昭和館での
「EIGHT DAYS A WEEK  The Touring Years」。

シネコンというものにどうにもなじめないので、
時々観たい映画はあってもスルーしていた。
やっぱり映画はこういった単独館で観たい。

行くまでは「いまさらビートルズを懐古してもなあ」と気持ちもあったんだけど、
本編のあと劇場限定公開ということで上映された、
1965年のシェイ・スタジアムのライブが感動モノだった。

巨大スクリーンも照明もスモークも、
ろくなPAもないステージで、
55,000人を熱狂させる4人、

この突き進んで行く感じ、
この立ち向かって行く感じが、
ROCKだ。

「いまさらビートルズ」どころか、
あらためてライブ・バンドとしてのビートルズを、
それこそ特等席で初体験!


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▲プログラム



ビートルズの来日は高校1年の時だった。
ボロテレビが中継当日になって壊れたりしませんようにと、
何日も前から祈っていた。

「愛こそはすべて」の録音が、
世界初の衛星中継で放映されたのは高校2年、まだ白黒。

「マジカル・ミステリー・ツアー」は、高校3年の秋。
平日昼間の放映だったので、学校を抜けて、
友人のSの部屋に見に行った。
カラーになっていた。

Sは中学の同級生だが、もう社会人として働いていた。
ポールのファンで、自分もベースギターをやるんだと言ってた。
「リンゴのファンでドラムをしたいというヤツもいるから、一緒にバンドをやろう」と、
3人で顔を合わせたこともあるが、
夢を語るばかりで、
誰も楽器を弾けなかったし、
楽器を持ってもなかった。

その頃、
公開当時には見に行けなかった「ハード・デイズ・ナイト」「ヘルプ」の2本立てが、
戸畑のはずれの映画館にかかった。
小倉から路面電車に乗って見に行った。
公開からもう数年経っているのに、
女の子達はやはりキャアキャア叫んで、
何人かは本当に失神した。
係員に運ばれて行く女の子の、
あらわになった太ももがなまめかしかった。

1970年の「レット・イット・ビー」は、大阪で見た。
なにかのきっかけをつかもうと、
とりあえず警備員の職を見つけ大阪に出たのだが、
なんのきっかけなのか、そもそもなにになりたいのか、
なにもわかってなかった。
ただ「ただの男になりたくない」とだけ思っていた。


ディランやビートルズに触れる前は、
「学校を出たらあたりまえに就職する」
そして「退屈な大人になる」という、
世間の示すそんな道のほかに、
選択は無いように見えていた。
でも「違うんじゃないか?」と思っていた。
そしてディランやビートルズが
「違う!」と言った。


あれからもう随分経って、
俺は結局「ただの男」のまま、
いまだに長髪でジーパンで、
下手な歌を歌っている。
ハタから見るとずいぶんみっともないかもしれない。

全力で突き進んだのか?
本気で立ち向かったのか?と問うと
NO ! だ。
でも仕方がない、
中途半端だったからここまで来れたという気もする。
いまさら他の男になる気もない。

おっと、湿気てしまった。
じゃ、最後は景気良くビートルズ1965年
ラリー・ウィリアムズのカヴァー
「ディジー・ミス・リジー」を!


YouTube: The Beatles - Dizzy Miss Lizzy


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2016年11月17日 (木)

あの1971年

2016年11月13日、レオン・ラッセル死去。
74歳。
ご冥福を祈ります。






▲川の流れを見つめて/レオン・ラッセル


レオン・ラッセルといえば、
「ソング・フォー・ユー」や「スーパースター」の作者として
記憶されている方も多いかもしれない。
ぼくにとっては、なにより1971年のディランとの親交が一番に思い出される。


その年、
ディランはレオン・ラッセルのプロデュースで、
シングル盤「川の流れを見つめて」を発表した。
日本でもそこそこのヒットで、ラジオでもよく流れていた。
曲調はよくあるゆったりめのブルース・ロックだが、
そのサウンドが、それまでのどの時期のディランともまったく違っていて驚いた。
ゴムが伸び縮みするようなネバ〜っとしたギター、
やる気があるのか、ないのか、
まとまってるような、まとまってないような、
ルーズなようで、でも妙に心地いい、
それまで聴いたことのないそのサウンド、
いわゆる「スワンプロック」といわれるものだと後から知った。
同じセッションで「マスターピース」も録音され、
そちらはドーナツ盤を買った。


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▲シングル盤「マスターピース」

その年の夏の終わり、
勤めていたスーパーをクビになった。
ある日主任から呼ばれ、
数日前の遅刻のことや、
絶対に聞いていない伝達事項を
「聞いてないはずはない、聞いてるのに無視したんだろう」と言いがかりをつけられたり、
さらに日頃の勤務態度がどうだこうだとネチネチ責められ、
半分ムリヤリその場で退職届を書かされた。
その時はなにがなんだかわからなかったが、
今で言うリストラだったわけだ。
まあ、その対象に選ばれたというのは、
俺もそれなりだったんだろうけれどなあ。
その時には既に、
同棲していた女のお腹には子供が出来ていた。


おまけにその年は、
ドル・ショックとやらいう不景気で、
新聞の求人欄もじつにお寒い状況で、
再就職はなかなか困難だった。


外国航路の船員になろうかと、
船員組合事務所に行った。
「今は商船大学を出てても職がないんだよ、
どうしても船に乗りたいのならマグロ漁船なら紹介するよ」と言われた。
こちらは、美空ひばりのマドロス演歌にあこがれての軽い気持ち、
いやあ、とことん幼稚で世間知らずだったんだなあ。




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▲バングラデシュ・コンサート
 左からジョージ・ハリスン、ボブ・ディラン、レオン・ラッセル

そしてその年、
ディランはジョージ・ハリスン主催のバングラデシュ・コンサートに出演、
しばらくライブ活動から遠ざかっていたディランが、
久々に大きなイベントに出演するというので話題になった。
そのステージでもレオン・ラッセルが一緒だった。
そして、当時は知らなかったけど、
「川の流れを見つめて」でネバ〜っとしたギターを弾いていた、
ジェシ・エド・デイヴィスも一緒だった。
みんな薄汚くてカッコ良かった。

そしてやはりその年の暮れ、
急遽シングル盤で発売された
ディラン久しぶりのプロテスト・ソング「ジョージ・ジャクソン」、
そこにもレオン・ラッセルの参加があった。


朝、女はクリーニング工場に働きに出る。
部屋に残った俺はしょうこともなしに歌を作り始めた。
それまでにも歌は作っていたが、
「君の瞳が忘れられなくて星を見上げるボクなのさ」
などといったノーテンキなもので、
いかにバカな俺とはいえ、
ここまで追いつめられれば、
さすがに少しは地に足のついた、
生活感のある歌を作るようになった。
とにかくなんとかしなければと、
なにをどうすればいいのかわからないまま、ただあせって、
やれ社会主義がどうしたとか、やれ実存主義哲学だとか、
いきなりそんな岩波新書なんかも読み始めたりもして、
わかりもしないのに必死で背伸びしようと・・・、
今思えば笑ってしまうけれど・・・。



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▲レオン・ラッセル&ザ・シェルター・ピープル


そしてやはりその年発表されたレオン・ラッセルの2ndアルバム
「レオン・ラッセル&ザ・シェルター・ピープル」では、
ディランの曲「激しい雨が降る」「悲しみは果てしなく」がカヴァーされていた。

そんなことがすべて1971年に起きた。

ディランもレオン・ラッセルも随分おとなに見えていたが、
今 思えば29か30歳くらいだったわけか。
あれから45年。
おれはいまだ砂の岸辺にすわって、
川の流れを見つめている。

なんちゃって!

スミマセン!
ちょっと格好つけてしまいました。



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▲グレーテスト・ヒット第2集

その「川の流れを見つめて」のディラン・バージョンは、
ディラン2枚目のベスト盤「グレーテスト・ヒット第2集」で聴けます。
これも1971年の発売。

特にロック好きでなくても、
ディラン・ファンでなくても、
ぜひ一家に一枚!
宝箱のようなアルバムです。


2016年11月14日 (月)

泥臭くてルーズで汗臭くてヨレヨレで

今度のアメリカ大統領の選挙中は、
トランプさんのキャッチフレーズ「ドレイン・ザ・スワンプ」を耳にするたび、
若き日々(70年代初頭)に夢中になっていた「スワンプ・ロック」を思い出し、
胸を熱くしたおっさん達(60歳以上)も多かったんじゃないだろうか。

その「ドレイン・ザ・スワンプ」についた日本語字幕が、
「ヘドロを掻き出せ」になっていて、
「ヘー!スワンプって、ヘドロって意味だったのか!」と
この年になって初めて知った。

まあ、南部の湿地帯の熱くじめっとぬかるむ、
そんな雰囲気のことと思っていたので、
当たらずと言えども遠からずか。

ということで、
その「スワンプ・ロック」というやつ、
形式としてはっきりした定義があるわけではなく、
感覚的なものなので、
知らない人に説明しようとすると、
泥臭くて、ルーズで、汗臭くて、ヨレヨレで、
ビシッとしてなくて、
とか、
なんか、
そんな言葉を並べるしかないんだけど・・・。

で、
今日は、
そんなスワンプの中でも最も泥臭くて、
ルーズで、汗臭くて、ヨレヨレで、ビシッとしてない、
と、おれが思うロジャー・ティリソン、
そのロジャー・ティリソンの第2作、
デビュー・アルバムが1971年だからなんと32年ぶりの第2作、
2003年発表の『マンブル・ジャンブル』から、
「サウスウエスト・ウィンド」をお聴き頂きましょう!

と、
ここまで書いてたところで、
「スワンプ・ロック」は知らなくても、
ロック好きならその名は知ってるだろう、
それこそスワンプの沼の主みたいな、
レオン・ラッセルの訃報が入って来た(74歳)。

その前にはディランとは同じユダヤ人として、詩人として、
なにかと並び称されることの多いレナード・コーエン(82歳)の訃報を聞いたばかり、
ディラン関係のあいつぐ訃報にちょっとショック。
予定を変更してレオン・ラッセルのことを書こうかとも思ったが、
それはまた明日、落ち着いてからのことにしよう。

ということで、
何年経ってもヨレヨレのへたくそのロジャー・ティリソン、
32年ぶりの新曲をお聴き下さい。





▲「サウスウエスト・ウィンド」 ロジャー・ティリソン


はっきり言って傑出した曲ではない。
ディランなんかと比べると、
詞も曲調も凡庸だ(ま、そもそもディランと比べちゃいけないんだけど)。
ボーカルもあいかわらず素人っぽい。

だけど、おれは、
そして、おれは、
この凡庸さが、
奇を衒わない、飾りもない、
こけおどしもない、
この凡庸さがたまらなく好きだ。

偶然YouTubeで見つけ、詞を知りたくて日本盤を探し、
数日前手元に届き、
それからずっと聴き続けている。


  今もリーバイスとかカウボーイ・ブーツを履いてるよ
  そのおかげで地に足がついてるのさ
  カクテル・パーティーが得意じゃないのは生まれつきだな

  対訳:岩田祐未子

おれもいまだにジーンズだ。
20歳以降、ずっとジーパンにTシャツだ。
自慢することじゃないけれど。


そうでしかいられなかった、
また、そうでいられたこと、
幸運だったと思っている。


  俺は小さな町育ち
  南西風を追いかけて
  それが俺らしいんだ
  始めから終わりまで

  対訳:岩田祐未子


おれも小さな町育ち、
垢抜けてて、ビシッとしてて、清潔で、パリッとしてて、
キラキラしてて、ツルツルしてて、ピカピカしてて、
そんなのが苦手なのは生まれつきだな。
それが俺らしいんだ、始めから終わりまで。

2016年10月20日 (木)

夜間学校をしました

ということで、
先日10月17日(月)は初の試み、
「ぶらん亭夜間学校」を開講しました。

第1回講座は講師にフクヤマ・ワタル師匠を迎え、
ボブ・ディラン「ドント・シンク・トワイス」の
いろいろなカバー・バージョンを聴き比べてみようというもの。

受講料1000円の上、さらに予約制という
二重のハードルを越えて来てくださった生徒さん、
さらに事務員さんに小使いさん、
総勢9名という予想以上の盛況!
ありがたいことです!

フォーク、ソウル、カントリー、ブルーグラス、
ジャズ、ポップス、インストゥルメンタル・・・、
多岐に渡るジャンルを、ワタル師匠がギター、ベースの生演奏を交えながら、
懇切丁寧、プロのミュージシャンならではの解説をしてくださいました。

わたし、助手として、
知ったかぶりで大きな顔するつもりでしたが、
ジャンルによっては生徒さんの方が詳しかったりして、
わたし自身が勉強させて貰う講座になりました。
参加くださった皆様、協力してくださった方々、
ワタル師匠、ありがとうございました!


Photo


生徒さんたちからは、
「とても内容の濃い 並々ならぬ熱意がみちあふれた素敵な時間が皆さまと共有出来てしあわせでした」
「知らないことへの 遭遇の新鮮さと ワタル師匠の軽妙な生ギターでの解説もついて しあわせ感倍増致しました」
「ディランへの敬愛と音楽への博識にあふれるお話に感心しきりでした」
などとありがたい感想文も頂きました。
重ねてありがとうございます。


ということで、次のテーマは落語か、マンガかと思ってましたが、
「そんなことはいいから音楽ネタを続けろ!」という強引な意見や、
「ディランの音楽の歴史をもっと知りたいです」という優しいご意見も頂きまして、
ではまた11月か12月あたり、
次回もディランとアメリカ音楽とか、そういったネタでまいりましょうかね?

でも、ま、「落語の会にはなんとかして行きたいなぁ」という嬉しいご意見も頂いてますし、
はて、どうなりますことやら・・・・。
とにかく今後も「ぶらん亭夜間学校」、
こんな具合で続けてまいります。

真理の光もて闇を照らすぶらん亭夜間学校(え?そんなものなのか?)、
次回はあなたも、
ぜひご参加下さい。



2016年10月18日 (火)

答えも木の葉も風の中

熱心に観ているわけじゃないので、
そうじゃない報道もあるのかもしれないが、
眼にした限りではどの報道も判で押したように
「風に吹かれて」をバックに、
「ベトナム戦争が」とか、「公民権運動が」とか、
そんなことばかり言ってるようだ。
まるで「風に吹かれて」の詞で賞を取ったみたいだ。
それらはみんな、もう50年以上も前のことなんだけどなあ・・・。

ディランが今でも変わり続け、
チャート上位にランクインされるアルバムを発表し続けていること、
75歳の今でも毎晩のように、
それこそ多分今夜だって、
世界のどこかでライブをし続けていること、
もしそんなことを知らずにいるのならあきれるし、
知ってて、あえて「戦争反対」の人としたいのなら、
まったく滑稽なことだ。

「社会派フォーク」だとか、
「プロテストソング」だとか、
いまや死語に等しいそんな言葉を久々に聞いていると、
あの当時ディランの親友であり、
一時期はライバルでさえあった、
それこそ「社会派フォーク・シンガー」の、
フィル・オクスのことを思ってしまう。


フィル・オクスにはディランも一目置き、
新しい歌を書いた時には真っ先にフィルに聞かせたと言う。

その後、ロックのサウンドを手にし、
ますます表現を深めて行くディランから見ると、
政治的な歌にとどまり続けるフィルは歯がゆく思えただろう。

  どうかきみの窓から這い出してきてくれないか?
  手足を使ったって、きみはめちゃくちゃになりはしないよ
  (訳:中川五郎)

この1965年の「窓からはい出せ」は、
フィルに向けて書かれた曲だという説もある。
政治は政治にしかすぎない、
そんなものにかかわって才能をすり減らすな、
もっと自分の内面を掘り下げて、
それを音楽にしろ。

それはフィルにもわかっていただろうと思う。
フィル自身、出来るならそうしたかっただろう、
だけどディラン、
あんたに出来たからって、
誰にだって出来るわけじゃないんだ、
あんただから出来たんだ・・・

デイランに「窓からはい出せ」の感想を求められ、
フィルは初めてディランに対して否定的な意見を口にし、
それがふたりの別れになったという。

  
 

巡り合わせによっては、
彼も「風に吹かれて」なら書けたかもしれない。
でも「ライク・ア・ローリング・ストーン」は、
「ジョアンナのビジョン」は、
「運命のひとひねり」は、
やはり、書けなかっただろうなあ。

オーケストラを導入したり、
エレキギターを構えたり、
彼なりに「フォーク・シンガー」の殻を破ろうとはしたんだが。

  

  


凡百のフォーク・シンガー以上の才能はあったのに、
いや、むしろ、あったゆえに、
ディランの圧倒的存在に押され、
やがて大きく引き離され、
1976年、自殺。

フィル・オクスのことを思うと泣きたくなってしまう。


当時、同じように時事的と思われたディランの曲が、
その独特の視点で、今も普遍的な意味を持ち続けているのに比べ、
残念ながらフィルの歌は、
時代とともに意味をなくしてしまったものが多い。
だけどいくつかのメロディラインの美しい曲、
それらは今でも胸を打つ。

ねえ、フィル、
おれはディランが大好きだけど、
あんたの「木の葉の丘」も好きだ。
ディランと比べてどうとかじゃなく
おれはあんたが好きで、
この曲も大好きだ。






YouTube: Phil Ochs - Changes

(木の葉の丘)

(上の画像をクリックすると
「この動画はYouTubeでご覧ください。
 他のウゥブサイトでの再生は、
 動画の所有者によって無効にされています。」
というメッセージが出ます。
画像の下の茶色の
YouTube: Phil Ochs - Changes
という文字列をクリックするとご覧いただけます。)
(2分25秒あたりにディランとのツーショットあり。)


  夏の緑は秋には色づきやがて枯れてしまう
  情熱もふたつに別れおかしな思い出に変わって行く
  風に舞う花びらのような、
  あやつり人形のようなぼくたち、
  なにもかも変わっていく

2016年8月 6日 (土)

うた / 夏が来ると

夏ですね。
みなさまお元気でしょうか?

今日、
しみじみ夏だなぁと思い、
ふと思いついて、
自分の歌を録音してみました。

小学校の頃、
眼の治療で病院に通ってた、
そんな遠い夏休みの思い出をもとに作った歌です。


Photo

聴いてほしくて載せるんだったら、
もっとちゃんとした録音しろよという気もしますが、
まあ、そんなたいしたものでもないので、
過大な包装をして中味が貧しいというよりは、
かえってこんな剥き出しのままの方が失礼にあたらないかも?
という気もしまして、
まあ、そんなこんなで、
行き当たりばったりのぶっつけ本番、
素朴な録音の下手な歌ですが、
よかったら聴いてやってください。


natu_ga_kuruto.mp3

▲「夏が来ると」
(聴いて下さる方は、上の natu_ga_kuruto.mp3 をクリックして下さい
 単にクリックするとまっくらな画面から声だけ聞こえて不気味なので、
 右クリックで「iTunesで聴く」とか「新規ウィンドウで開く」とかを選択されるといいかと思います)




  夏が来ると思い出すのは
  小さな田舎駅
  紅くゆれるカンナの花
  そして母の日傘

  蒸気機関車の煙のにおい
  ほう酸水のにおい
  知らない町のビスケットのにおい
  通り過ぎる雨のにおい

    汽笛 異国 あこがれは 
    山の向こうの向こうの向こう

  夏が来ると思い出すのは




  夢は追えば消える逃げ水
  道の果てのまぼろし
  それでも振り向けばまた昔のままに
  沸き上がる入道雲 

    影絵 かげろう 貨物列車 
    海峡 坂道 駆け抜けて行く風

  夏が来ると思い出すのは

Photo_2


あの頃、
汽車はまだ蒸気機関車でした。
子供にとっては、
自分の足で歩いて行ける範囲だけが世界でしたから、
汽車に乗るというのは、
今の子にとっての飛行機に乗るようなワクワク感でした。
え?今の子は飛行機に乗ったってワクワクしませんって?
そうですか、
それは可哀想ですね。




ほこりっぽい道、
スイッチバックの線路、
トンネル、
蝉時雨、
病院の磨き込まれた床、
待合室の大きな柱時計、
薬品棚に並ぶ綺麗な色硝子の薬瓶・・・、



大人になった今では、
時折、車であっけなく通り過ぎる田舎町ですが、
子供の頃行ったほどの遠くへは、
車では辿り着けないようです。



Photo_3


2016年6月 1日 (水)

98点の日

イヤ、
だからね、
普通は見ないよ、「今日の運勢」なんて。
乙女じゃないんだから。

それが今日のヤホーの運勢欄に「双子座98点」と出てたのがたまたま目について
(俺、5月生まれの双子座)、
98点って、ほとんど100点満点じゃん!
人生にそんな日ってめったにないよな、
と思ってついつい開いてみると、

 【総合運】
 人とかかわることで心が満たされ、豊かな気持ちになれる日です。
 身近な人から、好意を打ち明けられるなど、
 感動体験をするかもしれません。
 今日は等身大のあなたが周囲から愛されます。

てなことが書いてある。
ウン、悪い気はしないな。
さらに、

 【金運】
 お金に関する運気は最高潮。

 【恋愛運】
 あなたに思いを寄せる人から告白を受け交際を始めるとか、恋は進展します。

とある。

イエネ、だからそもそも信じてないよって、
おっさんなんだから。
人の運命が、生まれ月の星座でどうこうなるわけないだろ?!

と思いながらも、
じつはちょっと胸がポッと暖かくなったりして・・・。
もう「淋しかった僕の庭にバラが咲いた」って心境ですよ
(知ってるかなあ〜、マイク真木「バラが咲いた」)。

誰だろ?
「好意を打ち明け」てくれる人って。
誰だろ?
「あなたに思いを寄せる人」って。
どんな恋が進展するんだろう?
どんな儲け話が舞い込むんだろう?



で、これを書いてる今はもう夜ですがね、
愛の告白も、大金の転がり込む話もありませんでしたって、今のところ。
「人とかかわることで心が満たされ」って、
そもそも訪問客はもちろん、メールも電話もFAXもありませんでしたよ、
あと何時間か残ってますけどね、今日という日は。


そういえば、
「明日という日は明るい日と書くのね」
そんな歌もありましたね。

その2番でしたっけ?
「若いという字は苦しい字に似てるわ」って歌詞、
うまいなあ〜!!


いえ、
いいんですよ。
おかげで、朝、ちょっと心がはなやいだのも確かなんで、
だから
「私のような弱いものをだますなんて、償(まど)うて下さい。償(まど)うて下さい」
なんて、
ツェねずみ(※)みたいなことは言いませんよ。




って、
いつもは写真の多いこのブログ、
このまま、なんかブツブツ愚痴ばかりで終わるのもイヤだな〜、
なんか星占いとかに関連した画像のせたいな〜と思ってたら、
あったあった!
ありました、うってつけのコレ。


Photo

「双子座伝説」イアン・ハンター




イアン・ハンターは1970年代のイギリスのバンド
「モット・ザ・フープル」のボーカルね。
で、この「双子座伝説」はモット・ザ・フープル解散後の初ソロ・アルバム。

で、俺の持ってるのはアナログLP盤なんだけど、
その解説には「双子座の謎」というミニコラムがついてて、
それによると、イアン・ハンターも双子座、
ギターを弾いてる盟友ミック・ロンソンも双子座、
さらにこのジャケットのもとになった絵の作者、
オランダの画家エッシャーも双子座なんだと。


で、イアン・ハンターってやつはすごくディランが好きでね、
で、そのディランも双子座で、俺も双子座。
だからなんだ?って言われても、困るんだけどね。



ま、そんなわけで、「98点」だったはずの今日の締めくくりにハンターの曲を聴きたくなって、
YouTubeを見て見たら、これが結構いろいろあるんだな、いい時代だね。
過激なライブで人気を博した「モット・ザ・フープル」だけど、
ハンター自身は結構センチメンタルなやつ(実際に知ってるわけじゃないけどね)。




「モット・ザ・フープル」の代表曲としては、
デヴィッド・ボウイのプロデュースによる「すべての若き野郎ども」がよくあげられるんだけど、
もちろんそれも大好きなんだけど、
今夜はもっともっとセンチメンタルな「サタディ・ギグス」を聴きたい気分。
というわけで、






YouTube: Mott The Hoople - Saturday Gigs (1974)


「あの土曜日のギグを覚えてるか?」「覚えてるとも!覚えてるとも!」

もう何十年も聴き続けた古い曲だけど、
いまだに聴くたびにちょっと涙腺を刺激される。



(※)「ツェねずみ」というのは、
   宮沢賢治さんの童話です。
   知らない方は是非お読みください。
   角川文庫なら「蛙のゴム靴」に収録されてます。

2016年5月30日 (月)

Everything Is Broken

1

▲「オー・マーシー/Oh Mercy 」Bob Dylan


この部屋を借りて、ずいぶん長い。
何年か前から天井の照明器具が何カ所か壊れ始め、その蛍光管も何本か切れ、
部屋が薄暗くなってしまった。
業者さんに取替えを頼んだら、そのタイプのものはもう器具自体が製造されてないので
取替えはできないという。
天井に四角く穴を開けてそこにスッポリ埋め込むタイプだから、
今さらほかのタイプには替えられないのに。



ミニコンポというのか?
アンプ、チューナー、CDプレーヤー、カセットデッキを組み合わせたやつ。
その中のアンプが壊れたらしく、時々音が出なくなる。
アンプを買い替えようと電器店に行くと、
「今はどこの電器店でもお客さんの言われるようなタイプのものは置いてない」と言う。
今はレシーバーとかいう小さな一体型コンポしか置いてないんだと。



3枚ある窓のブラインドも、みな壊れかけている。
完全に壊れているわけではなく、
昇降を操作するヒモの表面がささくれて、動作を妨げている。
ヒモだけを取り替えられればいいのだが・・・。



パソコンのルーターも調子悪い。
ネットにつながりにくかったり、
時々つながらなかったりもする。



こうして、あれこれ壊れかけたものに囲まれていると、
なんだか兇暴な気分になってくる。
重なる小さな不便に、
じわじわと怒りが溜まってくる。
いつもなにかに対して石を投げつけたかった、
そんな若い頃の気分になってくる。



そんな気分にピッタリで、この頃よく聞くのが、
ボブ・ディラン26枚目のアルバム「オー・マーシー」に収録の「 Everything Is Broken」。

ディラン本人のものはCDを買って頂くとして、
この曲、意外と人気のようで、
YouTubeでも沢山のカヴァーが聴けます。






YouTube: R.L. Burnside - Everything Is Broken

まずはR.L.バーンサイドのなんともカッコいいカヴァーを。
バーンサイドは1926年ミシシッピ生まれ、
最後のカントリー・ブルース・シンガーの巨人と呼ばれているそうです
(「タングルド・アップ・イン・ブルース〜ソングス・オブ・ボブ・ディラン」VICP-60872の解説より)。



切れた線、
切れた弦、
割れた瓶、
割れた皿、
壊れたスイッチ、
壊れた部品、
通りは壊れた心で溢れてる・・・

延々と壊れたもののリストが続く。


アルバム発表当時(1989年)は、ディランとは思えない単純な詞に驚いた。
底が浅いとさえ思った。
曲も単純なブルースコードの進行だし。
ディランにしては珍しい捨て曲だと思っていた。
自伝によれば「オー・マーシー」をプロデュースした
ダニエル・ラノワもそう思っていたらしい(ボブ・ディラン自伝244P)。
当然ディラン自身はそうは思ってなかった。
そして27年たってその曲は、
今の心境にピッタリはまる曲になった。


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▲「ボブ・ディラン自伝 CHRONICLES VOLUME ONE」
 菅野ヘッケル・訳 ソフトバンク パブリッシング株式会社 2005年7月初版







YouTube: BEN SIDRAN - EVERYTHING IS BROKEN - album Dylan Different

そしてもうひとつ、おすすめなのがベン・シドランのカヴァー。
こちらは実にクールな都会的な雰囲気。


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▲「Dylan Different」Ben sidran
 これは全曲ディランのカヴァー。



ベン・シドランという人はYouTubeのこの曲を聴くまで知らなかった。
ジャズ畑の人とばかり思っていたが、
なんとジェシ・エド・デイヴィスやジーン・クラークといったあたりとも交流があったらしい。
ジーン・クラークのどのアルバムに参加しているのかは確認できなかったが、
ジェシのデビュー・アルバム「ジェシ・デイヴィスの世界」にはその名が確認でき、嬉しくなった。



98歳の母は、ホームのベッドで点滴を受けている。
「今日は朝のうち四国に行って、○○さんに会おうて来た」とか言う。



16歳の老犬は、
ほんのわずかな斜面を登るのに後足をガニ股にふんばって、
ふんばったついでにポロポロとフンをこぼす。


なにもかもが壊れていく。



結構!
ROCKが生まれるのはこんな気分からだ。

わかりやすいものに石を投げる、
そんなものがROCKなのではない。


2016年3月 3日 (木)

冬の夜は異国の海を胸に抱き

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灯台守  日本語詞:勝 承夫 イギリス民謡

1 こおれる月かげ 空にさえて
  ま冬のあら波 寄する小島
  思えよ灯台 守る人の
  尊きやさしき 愛の心

2 はげしき雨風 北の海に
  山なす荒波 たけりくるう
  その夜も灯台 守る人の
  尊きまことよ 海を照らす


冬になると知らずのうちに口ずさんでるこの歌、
今のこども達は知ってるだろうか?

異国の海、
その心細さ、
孤独感や使命感、

歌を通してそんな景色を、
そんな感情を、
味わうかどうかで、
その子の世界は、
ずいぶん違ったものになるんじゃないだろうか?


ということで、
ここにYouTubeから「灯台守」のうたの動画を張るつもりでしたが、
「この動画はYouTubeでご覧下さい。他のウェブサイトでの再生は、動画の所有者によって無効にされています」
とのことで、直接のリンクはできませんでした。
下のアドレスをコピペしてyoutubeでご覧下さい。


https://www.youtube.com/watch?v=wE0Ysiw0mIg

美しいコーラスです。
画像もとてもきれいです。


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▲これはその画像キャプチャ  クリックしてもyoutubeには行きませんよ。



いくつかバージョンのある中で、
ご案内の動画はNHK東京児童合唱団のもの。
じつに美しいアレンジですね。

ただ、残念なのは
 ♪ ま冬のあら波 寄するおじま(小島)♪ のところを
 ♪ 寄するこじま♪ と歌っていること。

私がこの歌をいつ覚えたのか、
ハッキリした記憶はないのですが、
覚えたときから「おじま」です。
音として「おじま」だから、どこまでも広い海が続いていくのであって、
「こじま」とすると、そこでコツンと突き当たって、
景色が箱庭的になってしまうように思います。

誰がなぜこんな改変をするのでしょう?
「小島」は常識的には「こじま」だと言うのでしょうか?
「おじま」という読み方を教えればいいことじゃないでしょうか。
「おじま」が「こじま」なら、
小野さんはコノさん?
小城羊羹はコギヨウカン?
小郡はコゴオリでしょうか?

いかん! 
嫌味な爺さんみたいなことを言い出してしまったぞ、
反省!
嫌われ者になってしまう!

1


youtubeにある、
由紀さおり・安田祥子さんのバージョンは、
さすがに「おじま」でした。
安心!


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ということで、
気を取り直して、


歌は音ですから、
その響きは大切ですよね。

例えばこの詞の最初の4節、
  こおれる月かげ
  空にさえて
  ま冬のあら波
  寄する小島
全ての節にラ行の音が入っていることが、
響きの美しさにつながっていると思いませんか?
詞を書く人はそこまで考えてると思いますよ、きっと。

作詞の勝承夫さんには詩人としての詩集もありますし、
童謡・唱歌としては、ほかにも
「歌の町」「故郷の人々」「野ばら」等、
いい詞がたくさんあります。

特に、

「こぎつね」( ♪ こぎつねこんこんやまのなか ♪ )
「夜汽車」(♪ いつもいつも通る夜汽車 ♪ )

の2曲、

それらの歌を覚えた小学生のときから、
おじいさんになってしまった今日まで、
何度口ずさみ、
何度なぐさめられたことでしょう?

これからもいい歌がたくさん子供達に伝わっていき、
彼らの人生を支え、豊かにしてくれますように。


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今回の絵は「昭和モダンアート」「昭和モダンアート2」(MPC)収録のカットに、
パソコンで塗り絵したものです。

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2015年9月16日 (水)

「古びた汚い町」のうた

アイルランドのバンド「ザ・ポーグス(The Pogues)」で知った「ダーティー・オールド・タウン」という曲、
すっかりポーグスの曲だと思ってましたが、
作者はイワン・マッコールというスコットランドのシンガーソングライターだそうです。

英語の詞は分からなくても、
時々聴き取れる、運河、夢、工場の壁にもたれてのキッス、月、サイレン、ドック、汽車、春といった単語から、
港町を行き交う労働者たち、運河沿いの古びた街、
そしてそこで若者達が見る貧しい夢などが、
まざまざと浮かんで来るような曲です。

ぼくの住んでる北九州も、
今ではともかく、
子供の頃は「四大工業地帯のひとつ」と学校で習ったくらいで、
海沿いに工場と煙突の立ち並ぶ煤けた街でした。

そんな工場のひとつに、
ぼくも一時期、工員として働きに行っていました。
塩辛い風を受けながら、
よどんだ河を渡る三交代の行き帰り・・・。

聴くたびに、
そんな個人的な思い出も重なって、
いろんな思いが掻き立てられる曲です。


で、その歌をなんとぼくの大好きなテキサスのシンガーソングライター、
タウンズ・ヴァン・ザントが歌っているのを、
つい先日YouTubeで発見!
いや、感涙です。
YouTubeにあげてくれた人に感謝。

で、そのタウンズ・ヴァン・ザントのダーティー・オールド・タウンをお聴きいただきたいんですが、
その前に、まずはポーグスのバージョンから。
とてもいい演奏です、
ぜひ聴いてみて下さい。






YouTube: The Pogues - Dirty Old Town

ポーグスのこの曲は1985年の発表ですが、
当時テレビの洋楽紹介番組でこの映像を見た時はブッ飛びましたね、
なんだ、この、
心を鷲掴みにするような曲調は、
そしてこのみっともなく前歯の欠けたボーカルは、
そしてそのふてぶてしさ、かっこ悪いかっこよさは!

この一目見たら忘れられない歯のないボーカルは、
シェイン・マガウアンというパンクの兄ちゃんです。
酒ばっかり飲んでるらしいからもう死んだかと思ってましたが、
まだ元気で、2005年にはフジ・ロック・フェスティバルに出演したんだとか。


Photo
▲この曲の入ったポーグスのセカンド・アルバム「ラム酒、愛、そして鞭の響き」
 1985年 プロデュース:エルヴィス・コステロ



ポーグスのバージョンでその曲調を把握したところで、
いよいよタウンズ・ヴァン・ザントのバージョンをお聴き下さい。






YouTube: townes van zandt - dirty old town

いかがでしょうか?
くずれたようでくずれないボーカル、
そのギターピッキング、
そして寄り添うマンドリン、
途中からのフィドル、
すべてが泣かせますね。

アナログレコードらしく、
針のシャリシャリいう音も入ってて、
それも嬉しい。

タウンズ・ヴァン・ザントは1997年52歳で亡くなっています。
これはその人生の、
いよいよ終わり頃の録音のようです。
(1996年に限定シングルとして発売?)
声はすっかりしゃがれています。

間に合ってよかった・・・。
この歌を残してくれてよかった・・・。



彼にはヒット曲なんてないし、
80年以降はレコードの発売さえ、
ままならなくなってしまったようです。
才能に見合うだけの評価は受けられなかった不遇の人生だと思っていましたが、
なんと数年前に、彼のドキュメンタリー映画が製作されているそうです。


よかったね、タウンズ。
売れなくっても、たくさんの人があんたの歌を好きだったんだね。
たくさんの人にあんたの歌は届いていたんだね。
これからもたくさんの人があんたの歌を好きになり、
あんたの歌に力づけられると思うよ。




実は秋になってほぼ毎日、
タウンズ・ヴァン・ザントばかりを聴いているところだった。
彼の歌は秋によく似合う。

Photo_2



▲最も好きなアルバム「タウンズ・ヴァン・ザント」1970年
 3枚目のアルバムです。
 秋の夜や雨の日に、じつによく合います。



そういえば、来月ぶらん亭ライブ(17日の土曜日)に出演のフルショー君も、
確か日本語でこの「ダーティー・オールド・タウン」を歌っていたような・・・。


2015年7月19日 (日)

あてない夜道に聴いていた曲

その昔、
ウォークマンというのがあった。

今でいうアイポッドみたいなの(違うか?)で、
30年以上も前だから、
デジタルじゃなくてカセットテープなんだけどね、
当時けっこう流行った。

流行り始めこそ「なんで歩く時にまで音楽聴きたいんだ?」と、
世の風潮に反感を感じていたが、
そのうちニセウォークマンがメチャ安で出回るようになり、
安さにつられて買いました(単純ダネ)。

早速、
その頃好きだったアイルランドのテープをセットしてみた。

いきなり気持ちよかった。
映画の主人公になって、
映画の中を歩いてるようで。
「アア! オンガクヲ キキナガラ アルクノッテ キモチ イイ!」

その頃一番聴いてた曲をYou Tubeで見つけた。
アイルランドの歌姫、
ドロレス・ケインの「テディ・オニール」。
 





YouTube: Dolores Keane - Teddy O'Neill

30歳。
何度目かの失業。

つくづく、
自分には会社勤めは無理なのか?と思わされ、
独立の道を模索。
コレカラドウナルノダロウ?

ウォークマンで聴くこの曲のおかげで、
夜の底をあてなく漂流する船のような
その自分の影法師もわりと客観的に見ていられたような気がする。
それこそ
「映画の中を歩いてるようで。」

駅を降りての長い坂道、
この優しいメロディーにどれだけ慰められたことだろう。


本当は
昔聴いてたのは、
同じドロレス・ケインの同じ「テディ・オニール」でもバージョン違い。
正確には下の「デ・ダナン」のアルバム「ボールルーム」に、
ゲストボーカルで招かれて歌ったもの。
 
 

Photo
▲DE DANNAN Ballroom のCDジャケット



こちらはYou Tubeにあるものよりちょっとか細い印象の歌い方で、
こちらの方が断然しんみりして好きなのだが、
残念ながらYou Tubeには見あたらない。

このCDでは「テディ・オニール」は2曲目。
1曲目のわりと賑やかなインストゥルメンタルから続けて聴くのが、
実にいい味わい。

1曲目が終わって、少しの静寂のあと、この曲のイントロが滑り出してくる瞬間、
(もう、この人生で何度繰り返し聴いたか?)
いまだにぞくっとする。
ぼくにとってはこの曲は、
その1曲目から続けて聴いてのひとつの曲。
どこかでこのCD見つけたらそのように聴いてみて下さい。

2015年3月 3日 (火)

街角

先月2月21日(土)ぶらん亭ライブでのキネマチコルの演奏「街角」が、YouTubeにアップされました。
抑揚に富んだとても素敵な演奏です。是非お聴きください。
曲は1954年シャルル・トレネ作詞作曲、ジュリエット・グレコ創唱のシャンソンの名曲です。

 古い街角、あの想い出 幼い頃が目に浮かぶ
 木立の影に夢を見てた 遠い昔のあの街角
 今は恋のキャフエ 道をゆく恋人
 花のかおり甘く揺れる あの街角

水野汀子さんという方の日本語の詞でも親しまれているようです。

 





YouTube: キネマチコル/街角

キネマチコルでの演奏ではサビに入った途端のブレイクが印象的です。

大人の女性が懐かしい街並を歩きながら、
ふと記憶の奥のなにかを思い出しそうになって、
一瞬歩みを止めたものの、
それを振り払ってまた歩き出す…、

そんなシーンを思い浮かべます。

思い出しかけたのは?

  
楽しかったはずの思い出も今取り出してみれば悲しみに変わっているかもしれない、
悲しかったはずの思い出は笑いに変わっているかもしれない、
でも、どちらにしたってもう過ぎたこと…
今は思い出さないままに歩きましょう、

演奏を聴きながら、
感傷にひたることを拒んで歩みを続けるそんな女性を思い浮かべるのは、
ジュリエット・グレコのイメージを重ねているからですね。
 

Photo
▲ジュリエット・グレコ・リフレクション18 フィリップスレコード 1975年



 
うちにあるこのLPジャケットの写真ではなんだかおばさんっぽいけれど、
この人の若いときの刃物のようなキリッとした感じときたらすごいです。
彼女の「街角」もYouTubeにあったので貼っておきましょう。
1:20から1:30あたりのポートレイト、
多分女性でもゾクッとするのではないでしょうか?
 





YouTube: Juliette Gréco - Coin de rue

2014年12月 6日 (土)

寒い日に聴くディラン

急激に寒くなった。
みぞれまじりのこんな日にはディランの「ローランドの悲しい目の乙女」が頭の中に聞える。
 

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「ブロンド・オン・ブロンド」 ボブ・ディラン コロンビア


1966年のアルバム「ブロンド・オン・ブロンド」に入っている。
もとはLP2枚組で、その2枚目のB面全てを使って収録されている長い曲(11分21秒)だ。

 あなたの伝道時代の水銀の口
 あなたの煙のような目に詩のような祈り
 あなたが草に置く市街電車の幻
 あなたのマッチ箱の歌とジプシーの賛美歌…

意味よりその響きを重視してことばを置いていったのだろうが、
意味を超えたそのイメージの配列の美しさ。

特に冬の歌ということではない。
でも僕の中では冬の歌。

多分ジャケットの、
粉雪の舞い散る中に佇むようなディランの表情と、
曲の全編に流れるオルガンの音色のせいだろう。


YouTubeにジョーン・バエズのカバーがあったので貼っておきます。
その日の気分によっては、ディラン本人のものよりこっちを聴きたくなるほどの秀逸なカバーです。






YouTube: JOAN BAEZ ~ Sad-Eyed Lady Of The Lowlands ~.wmv


バエズのバージョンは、
1969年のアルバム「ジョーン・バエズ ナッシュビルに歌う」という、
ディランのカバーばかりを集めたアルバムにはいっています。
「ブロンド・オン・ブロンド」と同じようにLP2枚組で、
バエズも同じようにその最後の面をこの曲にあてています。
実はどちらもナッシュビルの録音で、
演奏しているミュージシャンのメンツもかなり同じという、
兄妹のようなアルバムです。
 

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LP「ジョーン・バエズ ナッシュビルに歌う」 キング(ヴァンガード) 1969年


バエズの場合は、この曲の前に1曲アカペラでの「怒りの涙」を置いています。
アカペラのあとのしばらくの静寂の後に流れ出るオルガンの美しいこと。

だからLPの時にはその2曲を、合わせて1曲のように聴いていました。
その都度盤をひっくり返すという作業を伴うLPには、
それなりの魔法もあったわけで、
その4面をかける時には確かにそれなりの特別な時間が流れていました。

後年CDでも再発されましたが、
その時にはのっぺりとした1枚のCDの、
全体の真ん中あたりに無造作にこの曲が置かれていて、
4面あるアナログLPゆえの、
その魔法は消えてしまいました。
 

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CD 「ボブ・ディランを歌う/ジョーン・バエズ」 キング(ヴァンガード) 1992年



長い曲だけど、長いと感じたことがない。
聴く度に、このままもっと続けばいいのにと思う。


冬に聴くディランということでは、
キース・ジャレットの「マイ・バック・ペイジス」のカバーのことも書きたいのだけど、
さて、YouTubeにあるだろうか?

今日はしんしんと冷えるので、
あとは後日また調べてのことにしましょう。

2014年7月 3日 (木)

悲しき雨音

今日は終日雨。
ま、梅雨ですからね、当然なんですが。

昔、ラジオで洋楽(死語?)を聴く楽しみを覚えた頃、
雨が降ると嬉しかったですね。
雨が降って野球中継が中止になると、ラジオ番組が大抵電話リクエストに変更されるからです。

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▲「悲しき雨音」ドーナツ盤(死語?)ジャケット

  解説は木崎義二さん、

  懐かしいなあ〜、確か「ティーンビート」という音楽雑誌の編集長ではなかったでしょうか?

小学生の頃は歌詞を聞き取ろうと紙と鉛筆を持って、
中学生になるとオープンリールのテープレコーダーを録音待機状態にして、
ラジオにかじりついてたものです。
カーペンターズも歌ってますね、
「あの頃いつもラジオで好きな曲がかかるのを待ってたわ、
  つい昨日のことみたいなのに、もう昔のことなのね」(イエスタデイズ・ワンス・モア)

え?電話リクエストってなに?って、
いいんです、知らない若い人はいまさら知らなくっても。
ただね、昔はラジオしかなかったの、音楽を聴くのって、
レコードなんておいそれと買えるもんじゃないし。

え?レコードってなに?
いいんですよ、別に。
そのうちCDってなに?ってことにもなるんでしょうね、
え?もうなってますか?
  
  
  

ま、いいんです、
ぼくは、音楽との巡り合わせには、ホント、今の子達より、
いい時代にいい具合に関われたと、恵まれた出会いだったと思ってます。
ま、そんなわけで、昔は梅雨になると必ずかかってましたね、
カスケーズの「悲しき雨音」。

小学生の頃の曲だと思ってましたが、
念の為調べてみると1962年にシングル・リリース、日本では翌1963年のヒットということでした。
だったら俺、ひょっとしたら中学1年生?
なんか、記憶って、妙な具合に変質してますね。


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▲この本で調べました
 「ヒットパレード黄金時代」〜ラジオから生まれたヒット曲〜
  かまち潤 監修 シンコー・ミュージック 1997年

ついでに同年のヒット曲をちょっと見てみると
シェリー(フォー・シーズンズ)、テルスター(トーネードース)、ヘイ・ポーラ(ポールとポーラ)、風に吹かれて(PPM)、ミスター・ベース・マン(ジョミー・シンバル)、ワシントン広場の夜は更けて(ヴィレッジ・ストンパーズ)etc…、

ああ…、
どれもよく知ってますね、歌えますね、懐かしいですね、
曲ごとにいろんな思い出がありますね、

ついでにこれ

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▲「パラキンのヒットパレード」  ダニー飯田とパラダイスキング  東芝EMI 1993年

「悲しき雨音」の日本語カバーも収録されています。
情報の少なかったあの時代、パラキンがどれだけ洋楽(死語?)を身近なものにしてくれたものか、
いまにして、改めて偉大だったなと思います「パラキン」!!
感謝!

2013年3月13日 (水)

フィール・ライク・ゴーイング・ホーム

肝臓が弱っているのだろうか?
ここのところわけもなく無気力で、本当はいろいろしなければいけないこともあるのに、なにもする気になれない。
困ったもんだ。

というわけで「あいつ、メールの返事もよこさない」と思ってらっしゃるかもしれない方々、
すみません、もうしばらくお許しを。

今日は気晴らしに、久し振りに中古レコード店を回ってみました。
なんとずっと欲しいと思っていたアルバム、ダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーが古い友人達と臨時に結成したバンド「ノッティング・ヒルビリーズ」の、その1枚だけのアルバム「ミッシング」発見、しかもなんと380円という廉価。

「最近なんの楽しいこともないらしいこいつにも、たまにはいい目をみせてやるか」という、神様のご配慮か?
欲しい本やレコードがあっても、それをネットで簡単に探そうという気になれないのは、こういう思いがけない出会いの嬉しさを味わいたからだ。


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▲ノッティング・ヒルビリーズ「ミッシング」


これは昔友人がカセット・テープに入れてくれて、そのテープは今でも大事に持ってるけれど、こうして気軽にCDで聴けることになったというのは嬉しい。
1曲目「レイルロード・ワークソング」からいい曲だけど、自分は特にラストの「フィール・ライク・ゴーイング・ホーム」が好きで好きで、その昔、あまり聴くとテープが伸びてしまうと心配しながら、何度繰り返し聴き、そして泣かされたことか。

マディ・ウォーターズにも「アイ・フィール・ライク・ゴーイング・ホーム」という曲がありますが、こちらはそれとは別のカントリー畑のチャーリー・リッチの曲です。

歌もいいけれど、待たせて待たせて焦らしに焦らしたそのあげく、やっと最後に出てくるノップラーのギターの泣かせること。
最初はおもむろにメロディーをたどりながら、徐々に徐々に盛り上げ、やがて胸の奥を直接掴まれてギュンギュン揺さぶられ「このままもっと〜!」とさせられそうになるそのあたりで、なんとつれなく、そそくさとフェィド・アウト。
その間約1分30秒。
聴いた後の、置き去りにされたような、残りすぎる余韻をどうしようもなく、また最初から聴きなおすという猿状態にさせられてしまう。
困ったもんだ。


Rita


▲リタ・クーリッジ「フォール・イントゥ・スプリング」


この曲は、名盤「フォール・イントゥ・スプリング」でのリタ・クーリッジのカバーもまた絶品。
ボビー・チャールズ、マーク・ベノ、ガイ・クラーク、クリス・クリストファーソンとそうそうたる顔ぶれの名曲が並ぶそのアルバムの1曲目にエリック・カズ「ラヴ・ハズ・ノー・プライド」、そしてラストにこの「フィール・ライク・ゴーイング・ホーム」と、最初と最後に泣かせの名曲を持って来たのは、当然意図的な配列で、おかげでB面最後まで聴くとまたA面1曲目から聴きなおしたくなると、わかっていながらも聴くたびにまんまと術中にはまってしまい、これまた猿状態にさせられてしまう。
困ったもんだ。
白猫のジャケットもいいですね。
あっ、A面、B面というのは今の若い人にはわからないだろうけど、昔LPレコードというのがあってだね、とゆうようなことは、ま、いいか、
俺はつまりこいつはアナログ盤でしか持ってなくて、
ノッティング・ヒルビリーズを聴いた以上これも聴かずにいられなくなって今日聴きなおしてみたら、
盤が擦り切れてるのか、レコード針が痛んでしまってるのか、思った以上に音がひどくて哀しい!
ああ、これCDで欲しいなあ。


Rich

▲チャーリー・リッチ「グレイテスト・ヒッツ」


この名曲、作ったのは日本ではほとんど無名?アメリカではカントリー界の大御所らしいチャーリー・リッチという人です。
そして当然のことながら、作者本人の歌唱がこれまた実に深い味わいです。
俺の粗末な英語力でわかったような気のするところだけの詞を、つまんで拾ってみると

  この人生で俺がやったことはすべて
  愚かなことばかりだ
  手を差し伸べてくれる友もいない場所で
  俺は俺の人生を費やしてしまった
  何度も頑張ってはみたんだ
  でもその度に失敗し
  今はちょっと疲れ弱っちまって
  神様 俺は今
  なんだかふるさとへ戻って行くような気分です

というような大意だろうと思います。
(間違ってると思います。信じないでください。)

誰もが人生を振り返るときには、今がどういう状態であろうと、
たとえうなるほどの金と絶世の美女に囲まれてたとしても、少なからずうなだれてしまうもんだろうと思う、

特に男は、

たとえ現世的にどれだけの成功をおさめていようと、少年の日に思い描いた将来と引き比べ、うなだれてしまうもんだろうと思う、
その思いと、
深〜くため息つくようなリッチの歌い方とがあいまって、泣かされます。
てか、今聴きなおして、やっぱり涙ぐんでしまった。

あとはですね、この名曲、
今は亡くなってしまったゲイリー・プリミチというハーピストの、全然歌い上げず、むしろぶっきらぼうに足早に流す感じなのにでも原曲の叙情性を失わない、その無造作な感じのカバーも、独特の味わいでとてもいいです。

名曲は、どうやっても名曲ということでしょうかね。

口に出す、出さない、
認める、認めないに関わらず、
意識しようとしまいと、
じつは誰もが思っている
「誰もが後悔なしには生きられない」という、
そんな思いを思うあたりの心の部分、
つまり人の心の弱い部分を
かきむしられる曲です。

2012年3月22日 (木)

初めて買ったディラン

ザ・ボブ・ディラン・ストーリー
LP 2枚組 3800円
1966年 日本コロムビア YS-696/7・C
中村とうよう 解説
高橋 健次 訳詞

第1面
1 朝日のあたる家
2 ウッディに捧げる歌
3 ゴスペル・プラウ
4 ニューヨークを語る
5 戦争の親玉
6 くよくよするなよ

第2面
1 風に吹かれて
2 今日も冷たい雨が
3 時代は変る
4 しがない歩兵
5 オール・アイ・リアリー・ウォント
6 イット・エイント・ミー・ベイブ

第3面
1 ミスター・タンブリン・マン
2 ホーム・シック・ブルース
3 ライク・ア・ローリング・ストーン
4 イッツ・オールライト・マ
5 すべてはおしまい

第4面
1 ハイウェイ61
2 淋しき街角
3 窓からはい出せ
4 スーナー・オア・レイター
5 雨の日の女
6 アイ・ウォント・ユー

初めて買ったディランのレコード。学校から帰るやいなやラジオにかじりついていた中〜高校生時代(1960年代後半)、好きだったフォー・シーズンズが「ドント・シンク・トワイス」を、ビーチ・ボーイズが「時代は変わる」をカヴァー。ディラン本人の歌声は「ライク・ア・ローリングストーン」くらいしか聞こえてこないが、バーズ、ソニーとシェール、PPM、キングストン・トリオ、ブラザーズ・フォー、ウォーカー・ブラザーズ、マンフレッド・マンetcとディランが作ったという曲が溢れるようにヒット・チャートから流れてくる。

店によってはコーナー表記の名前がボブ・ダイランだったりした当時、地元のレコード屋の棚にあったディランはこの日本コロンビア編集の2枚組ベスト盤のみ。
高校生にとって3800円は大変な金額、かなり長い期間迷いに迷い、レコード店に行くたびに棚から取り出しジャケットを眺めていたものだ。

そんな時深夜放送から流れてきた「アイ・ウォント・ユー」、淋しいような楽しいような不思議な曲調、すねくりまわした歌い方、誰にも似ていない、どこにもなかった新しい音楽にワクワクし「絶対にあのレコードを買おう」と決心した。

あれから「ディランのようになりたい」と歌を作り歌い40年以上、なんの芽もでないままもうやりなおしも引き返しも出来ない年だ。
だけどこのレコードを買ってよかったなあとつくづく思う。
ディランと同じ時代に生き、リアルタイムでディランを聴いてこれたこと、幸運な人生だと思う。Dylanstory_3

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