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2018年5月 7日 (月)

お前はあれが他人に通用するとでも

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百年文庫81 「夕」  株式会社ポプラ社 2011年

 鷹野つぎ 悲しき配分
 中里恒子 家の中
 正宗白鳥 入江のほとり

視力の落ちた老人には、
大きな活字の「百年文庫」はじつにありがたい。
その上、どの巻も収録された作品にハズレがない。
ということで、
百年文庫81の「夕」で初めてその作品に触れた正宗白鳥。


正宗・・・、
正宗ってなんだ?
妖刀か?銘酒か?
って、
それだけでも恥ずかしいのに、
おまけに白鳥!
いやはや・・・、

ということで、
今までその名前だけで敬遠していた。

「入江のほとり」は1915(大正4)年、
正宗36歳の作。
百年文庫背表紙によると

   東京で気儘に学問をする栄一、
   地元で代用教員を務める辰男・・・
   瀬戸内海沿岸の旧家に生まれた六人兄弟は、
   「家」を起点にそれぞれの将来を思い描く。

という作品。




正宗は6男3女の長男。
兄弟は小説家、画家、国文学者、植物学者、実業家と、
みな人並み以上の成功をおさめたらしい。
ただひとり四男だけが変わり者で一族のお荷物的存在。
「入江のほとり」では「地元で代用教員を務める辰男」として描かれている。


いや、いますね、
どこの親戚の中にも、
ひとりは困った変わり者が。

うちの場合はオレですね。
よく出来た兄ふたりの下の、
どうしようもない甘ったれのふてっくされがオレでした。


変わり者の辰男さん、
一番の楽しみは独学での英作文なんですが、
その英語というのが、

   まったくの独稽古を積んできたのだから、
   発音も意味の取り方も自己流で世間には通用しそうでない。

というもの。
それでも本人にとってはそれがなによりの楽しみなんですね。
辞書を引き引き勝手な作文を英語に置き換えて行く、
無意味なことであっても、その行為自体が楽しいんですね。
そんな辰男に長男の栄一(白鳥)は言います。

  「今お前の書いた英文を一寸見たが、
  まるでむちゃくちゃでちっとも意味が通っていないよ。
  あれじゃいろんな字を並べているのに過ぎないね。
  三年も五年も一生懸命で頭を使って、
  あんなことをやっているのは愚の極だよ。
  発音の方は尚更間違いだらけだろう。
  独案内の仮名なんかを当てにしてちゃ駄目だぜ。」

  「…………。」

  「なぐさみにやるのなら何でもいい訳だが
  それにしても和歌とか発句とか田舎にいてもやれて、
  下手なら下手なりに人に見せられるような者をやった方が面白かろうじゃないか。
  他人にはまるで分らない英文を作ったって何にもならんと思うが、
  お前はあれが他人に通用するとでも思ってるのかい。」

  そう云った栄一の語勢は鋭かった。
  弟の愚を憐れむよりも罵り嘲るような調子であった。
  「…………。」
  辰男は黒ずんだ唇を堅く閉じていたが、
  目には涙が浮んだ。

いやはや、身につまされます。
誰に聞かせようとか、
それで身を立てようとか、
それでなんとかしようとか、
そんな目的もなく、
どこにも通用しない、
通用させようという努力もなく、
ただただ自分の楽しみとしてつまらない唄を作り続けていた、
20代の自分とそっくりだぶります。

   お前はあれが他人に通用するとでも思ってるのかい。
   弟の愚を憐れむよりも罵り嘲るような調子であった。

胸を突かれますね。
でもその兄は、
兄弟の中で自分の資質に一番近いものを、
実は辰男に感じているんですね。

   「おれの子供の時分の気持に似てやしないかと思う。
   おれも家にじっとしていたらああなったかもしれないよ」

自分は小説で身を立てることができたが、
自分の小説も、弟のひとりよがりの英作文も
つまりは同じようなものかもしれないとの思いでしょうか?
そのような思いは白鳥晩年の作「リー兄さん」にも書かれている。

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  この弟が、半世紀近く後に、「リー兄さん」にもう一度描かれる。
  これは白鳥八十二歳のときに書かれ、白鳥最後の小説となったものであるが、
  リー兄さんこと林蔵、すなわち白鳥の四弟・律四の死を、
  兄・鉄造、すなわち白鳥の立場から描いている。
    【講談社文芸文庫解説(千石英世)より】

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「リー兄さん」は講談社文芸文庫「何処へ 入江のほとり」に収録されている短編。
「リー兄さん」と書いて、リーああさんと読むらしい。
兄弟は皆、律四(入江のほとりでの辰男)を、
年上、年下にかかわらず、
あだ名として「リー兄さん」と呼んでいるわけです。




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何処へ 入江のほとり  講談社文芸文庫 1998年




  父親は或る日、きょうだいの中での出世頭の長男の鉄造に向かって、
  「お前はリーに似ている。でも、お前はちゃんと世を渡っているんじゃからそれでえい訳じゃ」と、
  真面目に云った事があった。
  子を見る事親に如かずと云われているが、鉄造は意外な父親の批判を受け入れて、
  自分とリー兄さんとの類似を検討したことがあった。
  検討したってよく分からないが、ただ運次第で、
  彼の生涯が我の如くであり、我の生涯が彼の如くであったのか知れない、と思ったりしていた。


  父親が昔彼に向かって「お前は林蔵に似ている」と云ったことをふと思い出した。
  それから自分が画家になっていたら、林蔵の絵のような絵を書いていたのじゃないかと思ったりした。
  林蔵の絵だってここに傑れた批評家か鑑賞家か或いは愚かな批評家か鑑賞家が出て来て、
  これは独特の妙味ある絵画であると激賞したら、ゴーガンかゴッホか鉄斎かの如く持て囃さるかもしれない。


「傑れた批評家か鑑賞家」のあとに、
「愚かな批評家か鑑賞家」と続く視点が面白い。
小説であれ、絵であれ、唄であれ、
実用的でないそれらには、
絶対的な価値の基準はなく、
世間の評価は無意味だということでしょうね。

作家として名声を得ることの出来た自分の作品、
ただの汚い絵としか見えない弟の絵、
それにだれが正当な評価を下すことが出来るのか?
それは「ただ運次第で、彼の生涯が我の如くであり、
我の生涯が彼の如くであったのか知れない」のではないか?

そんな82歳の白鳥の思いに、
人が生きてなにごとかを為す、
そのことのいとしさ、淋しさを、
そして誰の人生もそのようなものだという、
抗っても諦めても結局はそのようにしかありえないというそのことに、
言い方は変ですが、
なにか安堵のようなものも感じました。

「リー兄さん」、
文庫本で12ページの、
短い、
そして読後感の深い作品です。




2018年5月 3日 (木)

メイ・バスケット


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世界でいちばんすてきな場所はどこでしょう。
私は弟やいとこたちとよく長いこと真剣に議論したものです。
男の子たちはたいてい森の中や湖の近くを挙げますが、
私は草が深くしげり、花々が咲き乱れ、
春、夏、あらゆる時にさまざまな姿を見せてくれる
草原の味方でした。
毎年五月一日になると、
一家総出でメイ・バスケットの花をつみに草原に出かけました。
まず小さなバスケットを作っておいて、
キンポウゲやアメリカサクラソウ、ユリなどの花を入れ、
仲のよい友だちに贈ります。
花かごを玄関の石段に置き、
ベルを鳴らしてすかさず逃げるのがならわしです。
(略)
戸外に出ていっしょに楽しむことができないお年寄りや
病気の人にも花かごを届けてあげました。
五月一日、メイデイは冬の雪や寒さに終わりを告げ、
暖かい春や夏の日々の訪れを約束するうれしい日でした。

湖のそばで暮らす W・ウィルキンス(「草原」の冒頭部)
蓮尾純子・東聲子:訳 ちくま文庫 2007年

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2018年4月20日 (金)

銀杏の窓

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今の時期、
この部屋の窓の向こうは、
一面に輝くイチョウの若葉!
いい眺めです。



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この眺め、
猫もお気に入り。



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な、
テンちゃん。




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ニャ!ニャ!
ソウ ダ ニャ!




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こういう時思い出すのは、
宮沢賢治の詩「真空溶媒」。



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  おれは新らしくてパリパリの
  銀杏なみきをくぐつてゆく
  その一本の水平なえだに
  りつぱな硝子のわかものが
  もうたいてい三角にかはつて
  そらをすきとほしてぶらさがつてゐる




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  いてふの葉ならみんな青い
  冴えかへつてふるえてゐる



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引用したのはほんの導入部。
詩はこのあとどんどん妄想の中に入って行く。



「真空溶媒」は、
「心象スケッチ 春と修羅」に収められています。
今、手元の文庫本で確かめてみると、
15ページにわたる結構長い詩ですが、
読み始めると自由奔放に広がって行くイマジネーションに巻き込まれ、
引き返せなくなります。
詩人と一緒に、
スペクタクルな幻想の旅が楽しめますよ。




2018年3月16日 (金)

火山は爆発するし地震は起る

明日図書館に返さなければいけない本に、
かなり共感する部分があったので、
取り急ぎ書き写しておく。

著者渡辺京二は1930年生まれの日本近代史家・評論家。
江戸時代を明治維新により滅亡した一個のユニークな文明として甦らせた
『逝きし世の面影』は、和辻哲郎文化賞。
少年期、大連から日本へ無一物で引揚げた経験を持つ。
10代で日本共産党に入党するが、20代なかば共産主義運動に絶望、離党。



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未踏の野を過ぎて 渡辺京二 弦書房 2011年


■東日本大震災にふれた「無常こそわが友」より

「私は大震災に対するメディアおよび人びとの反応ぶりが大変意外だった。なぜこんなに大騒ぎするのか理解しかねた。これが大変な災害であり、社会の全力を挙げて対応すべき事態であるのは当然としても、幕末以来の国難であるとか、日本は立ち直れるのだろうかとか、それに類する意見がいっせいに溢れ出したのには、奇異の念を通り越してあきれた。三陸というのは明治年間にも大津波が来て、今回と同様何万という人が死んだところである。関東大震災では十万以上の死者が出た。首都中枢が壊滅したのである。それでも日本が滅びるなどと言い出すものはいなかった。」

「東北三県の人びとはよく苦難に耐えて、パニックを起こしていない。パニックを起こしているのはメディアである。災害を受けなかった人びとである。」

「この地球上に人間が生きてきた、そしていまも生きているということはどういうことなのか、この際思い出しておこう。火山は爆発するし、地震は起るし、台風は襲来するし、疫病ははやる。そもそも人間は地獄の釜の蓋の上で、ずっと踊ってきたのだ。人類史は即災害史であって、無常は自分の隣人だと、ついこのあいだまで人びとは承知していた。だからこそ、生は生きるに値し、輝かしかった。人類史上、どれだけの人数が非業の死を遂げねばならなかったことか。今回の災害ごときで動顛して、ご先祖に顔向けできると思うか。人類の記憶を失って、人工的世界の現在にのみ安住してきたからこそ、この世の終わりのように騒ぎ立てねばならぬのだ。」


「現代人気質について」より
「今の人間はもっと面白い、もっと素晴しい、もっと胸のわくわくする一生を過ごせたのじゃないかという後悔に身を噛まれております。だから一生子どもなのです」



他「大国でなければいけませんか」「社会という幻想」
「老いとは自分になれることだ」「つつましさの喪失」
「前近代は不幸だったか」等、30編収録。

この本を知ったのは、
勢古浩爾「結論で読む幸福論(草思社文庫)」。
(「生きるに値するもしないもない」の章(228ページ))





2018年2月26日 (月)

みんなは特急列車に乗り込むけど

小学生の時、
名古屋に住むおじさん(母の妹のご主人)が本を贈ってくれた。
我が家に限らずその頃(昭和30年代)の一般家庭には、
子供の本としてはマンガ雑誌があるくらいのものだったと思う。

その岩波少年文庫の「星の王子さま」は、
小さいながらもまるで大人の本のようなちゃんとした丸背製本で、
スベスベの紙のカラー口絵も2枚ついていて、
ピンク色の連続模様の表紙もお洒落で、
「本」としても丁寧に作られている、
美しい本だった。


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▲これは後年買いなおした岩波書店版。岩波少年文庫版ではありません。
 (今の少年文庫版は新書のような造本)



ドイツのシュプランガーという心理学者によると、
なにを価値観とするかで、
人間は6つの型に分けられるという。

 ●理論型:論理的なこと、真理・真実に価値をおく。
 ●経済型:お金ですね。
 ●審美型:美しいもの、楽しいもの。
 ●宗教型:博愛、道徳。
 ●権力型:その名の通り。
 ●社会型:奉仕、福祉。周りの人への愛。

もちろんこんな風にハッキリ分けられるものではなく、
誰もがいくつも混ざり合ってるものだろうが。

ネットにそんなテストがあったのでやってみたら、
ぼくの場合は「審美型」ということだった。
まあ、当てはまらない部分もあるが、
少なくともお金とか権力とかに、
あまり魅力を感じられないのは確かだ。
良いとか悪いとかではなく。

「星の王子さま」の王様、実業家、
自惚れ屋、地理学者、酔っぱらい、点灯夫、
そしてキツネ、バラ、
それらに受けた影響が、
その後の生き方に大きく尾をひいているように思う。



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▲「星の王子とわたし」内藤濯(ないとうあろう) 1976年 文春文庫
 ある程度以上の年代の人にとっては「星の王子さま」といえばこの人の訳。
 これはその訳者のエッセー。
 




じつはぼくにも、
お金や名誉を求めた時期があった。
30過ぎてデザインの仕事を始め、
それが次第に軌道に乗り始めると、
欲が出た。

もっといい仕事を取りたいと、
それには外見を取り繕わなければと、
服を仕立てたりもし、
「人を動かす」といったような啓発本を読んだりもし、
きちんとネクタイを締め、整髪料をつけ、
常に自分の現在地を計測し、行く先を定め、
その為の方法を考え・・・、
そんな時間に充実を感じていた。



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幸か不幸か、
その「成功」にたどり着けなかったのは、
それだけの才能がなかったということもあるだろうが、
多分無意識のうちに、
そこへは行きたくないと思ってたからだ。
行き着いてれば、
今頃キノコになっていた。
危ないところだったと思う。
(キノコになった自分は今の自分を笑うだろうが・・・。)



今、人生の大半を終え、
人から見れば、
金も地位も名誉もない、
ただの貧相なむさ苦しいおっさんだろうが、
それでいい。
今の自分で良かったと思っている。

お金や権力というのは、
車のようなものだ。
快適で便利なものだけど、
上手く乗りこなせない者が乗ってしまうと、
事故を起こし自他ともに不幸にしてしまう。


  みんなは、
  特急列車に乗り込むけど、
  いまではもう、
  なにをさがしてるのか、
  わからなくなってる。
  だからみんなは、
  そわそわしたり、
  どうどうめぐりなんかしてるんだよ・・・

  ごくろうさまな話だ・・・

  「星の王子さま 25」訳:内藤濯



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会うこともないままに、
名古屋のおじさんは、
若くして亡くなってしまった。
まだ30代だったろうと思う。



会ったこともない親戚の子に、
本を贈ってくれたのは、
おじさんのところに娘さんが生まれた、
その喜びでの気まぐれだったのかもしれない。
幸せのお裾分けのような。

その理由がどうであれ、
おじさんが贈ってくれたその一冊の本、
その本が種になり、
今のこの部屋になった。
ぼくの最初の道しるべになり、
折々の分かれ道にも道しるべになってくれた、
その出会いに、
おじさんの年をはるかに超えた今、
あらためて感謝している。

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「週末図書室」として、
この部屋を、毎週金・土の5時から9時まで開けてます。
本や猫の好きな方は、
お気軽にお越し下さい。
立派な本はありませんが、
ガロとか、つげ義春とか、
ネコマンガとか落語の本とかがあります。
意外とそういった本がいい道しるべや、
いい道連れになったりするかもしれません。
立派な本には他所でも出会えますしね。





2018年2月 6日 (火)

週末図書室始めました

今月から、金・土曜の夜、5時から9時まで、
この部屋をひっそり、こっそり、
「週末図書室」として開放することにしました。

なぜひっそり、こっそり、なのかと言いますと、
私、社交的な性格じゃないもので、
だからあんまり沢山の人に押し掛けられては困るんですね。
って、心配しなくても、
押し掛けるほどには、だれも来ませんけどね。

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▲ネコ マンガ モ タクサン アル ニャ! (ルテン)


ということで宣伝もしてませんし、
看板も出してません。
ほそぼそと口コミで、
伝わるべき人に伝わってくれればいいなと思います。

それに、図書室と言いながらも、
知性や教養などとは無縁。
ガロ系まんがを中心に、
駄本・雑本ばかりなんです。

でも、だからこそ、
ある種の少数派の人たちには、
心地よく落ち着ける居場所になれるのでは?
と思っています。




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bookmenu.pdfをダウンロード


▲こんな本があります。
 あなたのお好みのジャンルはありませんか?
  画像では字が読めないと思いますので、
  興味のある方は画像下のpdfをダウンロードされて下さい。

この世の中で、この部屋の事を知ってるのは、
このブログを見てくれた人、
そしてメールで連絡した数人の人だけ。

その数人の人にしても、
名古屋だとか、博多だとか遠くの人だったりして、
友達の少ない私、
「当面誰も来ないだろう」と覚悟してましたが、
なんと初日2人、2日目3人のお客さん、
いやはや、ありがたいことです。

お客さん第1号はパーマンズのアキちゃんでした!
証拠写真を撮っとけばよかったけど、
でも第1号は永遠に第1号、
その栄誉は誰からも奪われません!
って、なんの栄誉?




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▲2日目
 あやらぎ楽団の曽田さん、トキコさん。
 図書室が音楽室になりました。


ということで、
ひっそり、こっそり。
ディランを中心に、
フォーク、ブルース、カントリー等のレコードもあります。
本の好きな方はもちろん、
ただぼんやりしたい方にも、
ゆっくりくつろげる部屋だと思います。
どうぞ、お気軽にお越し下さい。



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▲ここでの本選びのお助けに、
 こんな見所読み所カードを作成中です。
 パラパラッとめくれば、心の琴線にふれる作品と出会える!という仕組み?
 これからだんだん増やしてまいります。

なお、今週土曜日は月イチライブと重なりますので、
「週末図書室」としてはお休みです。
金曜日は開いてますよ。

先の話ですが、
4月21日の土曜日も、店主、博多へ出張ライブのためお休みです。

ご注意!


おっと!
場所のご案内を忘れてました。

モノレール片野駅下車。
改札口を出て左手前方の階段を降り、
ちょっと先の交番の角を左、
そのまま足立山方面に向って歩いて約8分。
フォルクスがある信号のその次の信号、
「たまりば」という居酒屋さんのあるビルの2階です。
お店じゃないので、看板とか探しても見つかりませんよ。

駐車場は1台だけ用意出来ます。お問い合わせ下さい。
満車の場合は近所のコインパーキングをご利用下さい。


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4番が一番近くて、うちまで徒歩1分ですが、ちょっと料金が高いですね。
3番が距離的にも料金的にもベストですが、3台しか停められません。
ダメもとで最初に行ってみましょう。
1番、2番からでも、ゆっくり歩いても5分はかかりません。


2018年1月30日 (火)

ぼんやりしに来て下さい

2月から、
つまり今週末から、
金曜・土曜の夜はここを開放することにしました。

ブックカフェなんぞというようなもんではありませんが、
路地裏図書館ゴッコとでもいいますか、
いえ、別に路地裏でもないんですが、
まあとにかく、本がいろいろありますし、
マンガとか文庫本とかがほとんどの、
駄本ばかりの棚ですが、
それでも私を形作ってくれた本達です。
眠らせといてももったいない、
できればたくさんの方に読んでもらえたら!と思った次第。

「なんだ、ここにある本を読んだらおまえのようなおっさんになるのか、
そいつぁごめんだ、くわばらくわばら」などという方もあるやもしれませんが、
まあ、別に本を読まなくても、
レコードを聴いたりとか、
ぼんやりしたりとか、
猫を撫でたりとか・・・、


とりあえずこんな雰囲気にしてみました。
けっこう落ち着けると思いますよ。

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▲インドの布でいきなり落ち着くでしょう?
 ここはガロ関係のマンガとかネコ関係のマンガとか、
 山川直人とか、東和広「ユキポンのお仕事」とか、
 comicばくとか、その他いろいろ、
 懐かしい「のらくろ」も並んでますよ。


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▲左、ディラン関係を中心にしたレコードの棚、
 それから右に行ってつげ義春、つげ忠男、水木しげる、杉浦茂とか、
 早川SF文庫とか、今はない旺文社文庫とか、
 花や鳥の図鑑とか、なぜか料理本とか、
 それからなんやらあれこれ雑多な本とか、
 あとロック関係、レココレバックナンバーとか・・・
 あっ、東海林さだおさん、大好きなんで結構揃えてますよ!
 中央の古いテレビは、テレビは写りませんが、
 ビデオを観ようと置いてます。
 私、老後の楽しみにと古い日本映画とか結構録り貯めてますんで、
 ご一緒にいかがでしょう?


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▲左の文庫本の棚は宮沢賢治先生とか太宰治、坂口安吾、
 荷風、百鬼園先生とか、西村賢太、川崎長太郎とか、
 あっ、落語関係もけっこうありますね、
 うしろは郷土関係とか赤瀬川原平さんとか、雑多なあれこれとか、
 ガロも結構古いのもポチポチ、70年代後半からはかなり揃ってます。



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▲自分的にはここ、一番落ち着くコーナー。
 背中はマンガ、花瓶の乗ってる棚は猫関係の文庫本。
 売本の棚もございます。

あとここには写ってませんが夢野久作とか横溝正史とか、
ウイリアム・アイリッシュ(別名コーネル・ウールリッチ)のミステリもオススメ!
意外なところで「赤毛のアン」とか、集英社版の「シートン動物記」とか、
さらに山本周五郎の時代小説なんかもありますよ。

というようなわけで、
アートとか、知性とか、
間違ってもそんな肩の凝るものはありませんから、
老若男女、年齢を問わず、
どなたでも安心してお越しください。

実際月イチのライブには、
20代から70代まで、
幅広い年齢層の方々にお見え頂いてます。
40代から上の方がやや多い?




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駐車場は1台は用意できます。
または上の地図を参照されて、
近くのコインパーキングをご利用下さい。
でもなんたって徒歩が一番!
モノレール片野駅からゆっくり歩いても8分です。
歩きましょう!
歩けば健康!一石二鳥!

開けてるのは金・土の、
夕方5時から夜の9時までです。
土曜日は時々ライブと重なる時がありますからご注意。




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▲ニャンカ フンイキ カワッタ ニャ!(ルテン右)
 ソウネ〜 ナンノ ツモリ カ シラ?(ブラン左)




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▲マア ニャンカ ワカラニャイケド
 トニカク アソビニ キテ ニャ!

 と、駄猫どもも申しております。

始めての方もお気軽にどうぞ!
私、決して愛想よくはありませんが、
まあ、それは人見知りのせいなんで・・・

って、
いい年をして人見知りもないもんだ!

スミマセン!




2017年12月20日 (水)

ことばに支えられる

自分がまったく無力に思える時、
自分が空っぽに感じられる時、
なんの積み重ねもない、
なんの役にも立ってない、
そんな思いにとらわれる時、
次の言葉を思い出します。




   風のなかを自由にあるけるとか、
   はっきりした声で何時間も話ができるとか、
   じぶんの兄弟のために何円かを手伝へるとかいふやうなことは
   できないものから見れば神の業にも均しいものです。




宮沢賢治が、
病床から教え子に宛てた手紙の一節です。
日付は1933年9月11日、
永眠の10日前。



力がないからとか、
機会に恵まれないからとか、
そんな言い訳を重ねてごまかしてたって、
あなたは、
私は、
風に向かって歩けます。
人と向きあって話せます。
それは、
「できないものから見れば神の業」なんです。
奇跡にも均しいことなんです。



この言葉に出会ったのは、
多分20代か30代。
以来、心が弱るたびに、
無駄に自分を貶めたり、
甘やかしたりしたくなるたびに、
この言葉に支えられてきました。



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▲宮沢賢治全集 9「書簡」ちくま文庫

  シツレイ ネ!
  アタシ ホンタテ ジャ ナイワヨ!!
  (ブラン)




本を読むのは、
こんな言葉に出会いたいからです。


2017年11月28日 (火)

路地裏散歩

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あてもなく路地裏を歩くというのが好きです。
お金もかかりませんしね。
誰の迷惑にもなりませんし、
健康にもいいし、
皆様も休日の趣味になされてはいかがでしょうか?



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▲猫町 萩原朔太郎 岩波文庫

 前もってこの「猫町」を読んでおくと、散歩がいっそう楽しめますよ。
 多分5倍は楽しくなる。
 というか、路地裏散歩の基本というか・・・。



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▲つげ義春 旅日記 つげ義春 旺文社文庫

 こちらは古本で見つけるしかありませんが、
 これに収録されている「猫町紀行」も必読!
 というか、つげ先生のお作は、
 すべて路地裏の匂いがします。
 どれでもいいので読んでおくと、
 路地裏散歩がさらに味わい深くなるでしょう。




先日のまぼろし楽団ライブの「路地裏ラグタイムブルース」動画を、
折尾の唄うたい汀君(村岡達也君)がYouTubeにあげてくれました。
この歌も覚えて行くと、
路地裏散歩がさらに楽しくなるかもしれません。
歌ってるおっさんは時々歌詞を忘れてますが。
酔ってるんでしょうか?






YouTube: まぼろし楽団


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路地裏ラグタイムブルース
   作詞:作曲 ぶらん亭ランイチ

知らないあの町 知らないこの町
あてなどないまま 気の向くままに
細道坂道 路地裏歩けば
いつしか時間は 逆回り
 昔 懐かし 駄菓子屋で
 子供の自分と 出会いそう
路地裏はおかしな 不思議な猫町
迷い子気分で 路地裏ラグタイムブルース

誰もがどこかで なにかをなくして
忘れたままで 大人になるけど
夕焼け坂道 路地裏歩けば
いつしか時間は 逆回り
 まぼろし 影法師 落とし物
 なくしたなにかを 思い出しそう
道はどこかに 通じているから
も少し歩こうか 路地裏ラグタイムブルース




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路地裏ではきっと猫たちが迎えてくれますよ。

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▲オミャ〜 ミカケニャイ カオダ ニャ〜!


では行ってらっしゃいませ。



2017年11月18日 (土)

こんな本を読みました

若い頃読んだ伊丹十三の「日本世間噺大系」が、
ブック●フで108円だったので購入、ほぼ40年ぶりに再読。
この本や「女たちよ!」「再び女たちよ!」など、
この人の1970年代の一連の著作には多大な影響を受けた。

人が移動するのに一番カッコいいのは颯爽と歩くこと、
次が自転車、そしてバイク(だったか?)とか、
スパゲティは芯が残るくらいの茹で加減でなくてはいけないとか、
サラダはうんぬんとか、男は、女は、大人は等々、
20代の世間知らずはこの人からいろんなうんぬんを教わった。

地元の書店「金榮堂」のブックカバーがこの人の絵だったから、
よけいに親しみを感じていた。
その、ブックカバーの、
風呂に横たわって本を読んでるおっさんの絵のおかげで、
風呂に本を持ち込む習慣がついてしまった。


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日本世間噺大系 伊丹十三 文藝春秋 1976年

で、昔読んだ時には記憶に残ってなかったのだが、
「鯉コク」という章の中で、
子母沢寛の「二丁目の角の物語」について触れている。

『亡くなった子母沢寛さんに「二丁目の角の物語」という名作がある。読んでない方は今すぐ読まれるがよい。こんなに心の暖まる本を私は他に知らぬ。生きる勇気が出てくる。人間に対する信頼というものが湧いてくるのであります。読まねば損という本の一つであります。』

実はその本の装幀をしたのが伊丹十三という話なのだが、
ともかくここまで言われれば読まないわけにはいかない。
図書館で探してみると伊丹十三装幀のものはなかったが、
「二丁目の角の物語」は、
昭和49年発行の講談社「子母沢寛全集第二十四巻」に収録されていた。




2

子母沢寛全集 第二十四巻 講談社 昭和49年

実はここのところ視力の低下がはなはだしく、
以前のようには本が読めない。
読み始めてもすぐに投げ出してしまう。
しかもこの本は細かい字で二段組である。
それが、アラ不思議、読み出すと止まらない、
眼と気持ちがどんどん先へ進んで行く。
なんだ、本が読めなくなったのは、
眼が悪くなったということより、
面白い本にあたらなかったということだったのか。

「二丁目の角の物語」は自伝的な作品で、
夜逃げ同然に北海道から上京したものの、
にっちもさっちもいかないその貧乏暮らしの話。
状況は泣きたくなるような悲惨さなのだが、
「本当いうと笑い事じゃあないんだ」「ところがですよ」
「だとさ」「それどころではありませんよ」「星が降るようでしてね」
「ろくな事がねえじゃないか」「有難かったですね」といった、
どこかとぼけた語り口のせいで印象は明るい。
まわりにもいい加減な人、変わり者、怪しい人がいっぱい、
大正と言う時代のせいもあるのか、
のどかでおおらかな気分になる。

ところで最近、某A新聞などが、
やたら「隠れた貧困」などと書きたてているようですが、
なんなんでしょうね?あれは。

閑話休題、
ほかに「愛猿記」「曲りかど人生」「味覚極楽 子母沢寛・聞き書」
「よろず覚え帖」「「人」のはなし」「思うこと抄」収録。
いずれも面白く、味わいも深い。



あとですね、
今回はブック●フで、
懐かしの旺文社文庫を何冊か見つけましたのでね、
ちょっとそれもご紹介しましょう。


3

旅の絵本 谷内六郎 旺文社文庫 1980年

昔、持ってました、これの親本。
箱入りで四角っぽい版形でしたね。
20代の頃はそんなに本を持ってなかったので、
その頃の1冊、1冊、結構懐かしく思い出します。
あの頃の本って、装幀も凝ってたのが多かった。
残しとけばよかったなあ。




4

▲関係ないけど、
 上の文庫本に、はさかってたチケット。
 今はなき小倉市民会館で1980年4月16日開催のメナード愛用者大会。
 出演は若き細川たかしと玉川カルテット。




5

心のふるさと 谷内六郎 旺文社文庫 1985年

これは今回買ったものではありませんが、谷内六郎さんついででご紹介。
旺文社文庫からはあと1冊「遠い日のうた」というのが出てますね。
ネットで探せばすぐ買えるんでしょうが、
ブック●フ巡りの楽しみに取っておきます。




6

椎の若葉・湖畔手記 葛西善蔵 旺文社文庫 1985年

葛西善蔵は妙な気取りを感じて、実はあまり好きじゃないんです。
私の好きな川崎長太郎も嘉村礒多もひどい目にあわされてますしね。
でもこの旺文社文庫版、なんともいい表紙でしょう?
芦川保という人の版画のようです。
しみじみと好きです、こういうの。



7

落穂拾い・雪の宿 小山清 旺文社文庫 1975年

出るんですねえ、こういうのも。
同じもの、何年か前ネットで買いましたよ、
千何百円くらいだったと思いますが、
大好きですからねえ、小山清。
ということで、
既に持ってるわけですが、
見つけると嬉しいものです。
今回は108円!
自分が買ってしまうと、
まだ小山清に出会ってない誰かの機会を奪うことになるとも思ったのですが、
広いようで狭い世の中です。
そういう人はいつか私とも出会うかもしれません。
キミハドコニイマスカ?


2017年8月22日 (火)

私も三冊

岩波文庫創刊90周年ということで、
岩波書店のPR誌「図書」が「私の三冊」という臨時増刊号を出している。
228人の著名人、文化人が心に残る岩波文庫三冊をあげていて、面白く読んだ。

さすが「各界を代表する皆さま」のあげたリストだから、
まったく知らない、また、これからも読むことの無いだろう本が大半。

人は、食べたもの、経験したこと、読んだ本で出来てると思うんだけど、
いや〜、自分とはまったく違うもので出来てる人が多いんだなと、
ちょっとあらためて感動した。


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ということで、
無名人の私も「私の三冊」を作ってみました。
ヒマなもので・・・。



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『シカゴ詩集』(サンドバーグ/安藤一郎訳)

製鉄所の三交代に勤め始めた10代の終わり頃、
夜の出勤時間前、立ち寄った書店で、
この本を買った時の気分を懐かしく思い出す。

都市の、労働者の、活気や悲惨さ、
ディランみたいな詩だと思った。
実際ディランの伝記にも、サンドバーグに会いに行ったことが出て来る。

けっこう社会主義思想が入ってますが、
若いうちは惹かれるものです、社会主義に。

年取ってかぶれてる方々のことは、
よくわかりませんが。



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『森の生活』(ソーロー/神吉三郎訳)

変わり者と言われ、無能扱いされ、
屈辱的な会社員勤めに耐えながら、
自分の場所を探していた20代なかば。

楽しみに買っていたサブカルチャー雑誌『宝島』に、
真崎義博訳で「森の生活」が連載されていた。
完訳を読みたいと、この岩波文庫版(上下)を買った。

今では宝島社文庫、
講談社学術文庫(佐渡谷重信訳)、
小学館文庫(今泉吉晴訳)と、いろいろな版が出ていて、
岩波文庫版は訳が古いとか硬いとかの批判もあるようだが、
自分としてはこの神吉三郎訳が今でも一番しっくりくる。

ソーローはエコロジストでナチュラリストで、
元祖ヒッピーと言われたりもしますが、
20代には惹かれるものです、ヒッピー思想にも。

歩いて行くものが一番早く着くとか、
なにが起きているか知りたいのなら、新聞を読むより歴史を知る方がいいとか、
ソーローに教えられた道しるべは多い。



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『荘子』(金谷治訳注)
30代を目前に、
「こうしてはいられない」「なんとかしなくては」と思いながら、
なにをどうしたらいいのかさっぱりわからないまま、
いらだちばかりに焦らされていた。

そんな時、
人間の知性などたかが知れている、自然のままにまかせよとか、
役に立とうとか偉くなろうとかするなとか、
混沌は混沌のままに受け入れろなどと説く老荘思想に出会ったおかげで、
どれだけ救われただろう。

まあ、それを都合の良いように曲解し、
壮年期をなまけて無為に過ごしたあげく、
いまや堂々、まったくの無用の老人になり果てたことが、
正しかったのかどうか?という疑問も、
ないことはないが・・・。


まあ、迷い多い30代あたり、
一度は接してみたら?と思います。
「無」の思想にも。



ということで、
以上、
若き日に読み、
その後の人生に影響が深かったと思えるものを、
読んだ順に、
私も三冊。

2017年7月14日 (金)

読書会をしました

ブログの新規作成画面が正しく表示されなくなり、
しばらくブログ更新ができませんでした。
ブラウザを入れ替えればいいんですが、
なんせ古いOSだもんで、
適応するブラウザが入手できなくてですね、
ま、そんなこんなで、結局新しいMacを買ってきました。
新しいったって、中古の新しいのですが・・・。

ということで、
まずは先日の読書会のご報告を。

先日7月10日の月曜日、
読書会【第3回】をしました。
今回も小説、随筆、童話、ノンフィクション、寓話、etc・・・、
幅広い本の世界をご紹介頂きました。
暑い中お集りの皆様、
ありがとうございました!

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▼では以下、今回紹介された本を発表順に▼

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「居候匆々」内田百けん(ちくま文庫)
「新美南吉童話集」新美南吉(岩波文庫)

紹介した2冊の本には、
谷中安規の版画が挿絵に使われています。
百鬼園先生から「風船画伯」と呼ばれ愛されていた版画家です。
百鬼園先生からは愛されたが、女性からはまったく愛されなかったらしい。
なにしろ貧乏だし、風呂には入らないし、頭にはシラミをわかせているし、
興が乗ったら夜中でも踊りだすし、
米やニンニクをナマで齧るような食生活だし、
それでも安規さんは女性が好きで好きで次々勝手に惚れて、
それは幼い頃になくした母への思慕だったのかもしれない。
活動を始めたのが同時期だったこともあり、
棟方志功とも仲が良かったらしいが、
終戦翌年栄養失調で餓死。
というと、悲惨な生涯のようですが、
本人は結構楽しくやってたんじゃないでしょうか?
版画を眺めてるとそう思えます。
ネコやキツネやオットセイ、
みんななんともかわいいんです。

紹介者はワタシ。

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「折々のうた」大岡 信 (岩波新書 黄版 )
「折々のうた春夏秋冬」大岡 信(童話屋)

「●声人語」や「素●子」など、
金を払った上になぜ不愉快な思いをさせられなければならないのか?
と言いたくなるコラムが並ぶ某新聞の中で、
唯一楽しみに読ませて頂いていたコラムがこの「折々のうた」。
連載は10年ほど前に終了。
某新聞の購読は一昨年やめた。
というのは、私の個人的な話です。
スミマセン!

「折々のうた」は、岩波新書版だけでも何冊も出てるようですね。
ほかにもいろんなところからいろんな体裁で出てるようです。
紹介者は唄うたいの竹内ゆえさん。
さすがことばの人らしい選択。
ちなみにゆえさんの岩波新書はホントの?黄版。
「ホントの」というのは、つまり昔のそっけない黄色の表紙。
懐かしいなあ!
私は青版をよく読んでましたねえ。
私のことはどうでもいいですね、
スミマセン!

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「一九八四年」ジョージ・オーウェル(ハヤカワepi文庫)

前回読書会では、
やはり同じ作者の「動物農場」を紹介してくれたK・Tさん。
どちらも全体主義への批判がテーマ。
とエラソーに言いつつ、
じつは私自身はどちらもまだ読んでないんです。
スミマセン!

私は政治的なことはあまり興味も知識もなくて苦手なんですが、
この社会では、あまりに性急にユートピアを目指すと、
ディストピアに行き着いてしまうと思っています。
純粋な人ほど、視野が狭くなりがちのようにも思えます。
視野が狭くなると攻撃的になりますね。
まあまあ、どちらの方も、
まずは本でも読んで、
ゆとりを持ちましょうよ。

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「料理歳時記」辰巳浜子(中公文庫)

この本は私も持ってます。
これを機会にちょっと読み返そうかとちょっと探してみましたが、
どこにもぐり込んだのか出てきません。
私には、食べるということは義務みたいなもので、
食べる楽しみというのはないんですね。
もちろん料理する楽しみというのも。
花を飾って暮らしを味わい深くするというような楽しみも。
ああ!貧しい心が悲しいです。
スミマセン!
そんな私でも、
この本は読んでるだけで豊かな気持ちになったのを覚えています。
たおやかな言葉遣い、柔軟かつキリッとした背骨、
少し前の日本ではあたりまえだった、
窮屈そうに見えてその実包容力のある考え方、
紹介者はそんな昭和を知る女性。

 

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「本で床は抜けるのか」西牟田靖(本の雑誌社)
「こんな旅百選」西川寛巳(文芸社)

この部屋も壁一面天井まで本が積み上がってますが、
「本で床は抜けるのか」に登場するの方々の蔵書レベルは、
遥かにうちの比ではありません。
うちはコンクリートなので床の抜ける心配はないんですが、
地震は怖いですね。
愛書家の皆さんは「本に埋もれて死ぬんなら本望だ」という覚悟をお持ちでしょうが、
ウチの本ってマンガとか軟弱本とかエロ本とか猫の本とかばっかりですから、
そんなんに埋もれて死ぬのはイヤですね。

「こんな旅百選」の作者西川寛巳さんは、
元祖「鉄っ ちゃん」としても有名だそうです。
なんと紹介者K・Yさんの親戚だとか。
他にも同じ作者の、
「日本の旅こんな旅」「遠くへ近くへこんな旅」「こんなとここんな旅」などをご紹介頂きました。
地元北九州の、例えば平尾台なども登場するとかいうことです。

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「美瑛の丘で百姓修行」角和浩幸(自費出版?)
「菜園バカの独りごと 週末農業は楽しい」河野實(展望社)

「美瑛の丘で百姓修行」は、
新聞記者をやめ、
北海道美瑛町に移り住んだ筆者の2年間の新規就農研修日誌。
美瑛の丘の広大な畑の所々に立つ樹、
絵はがきでもおなじみの景色ですが、
あれは移民と開拓の苦楽をともにした農耕馬の墓標なんだそうです。

「菜園バカの独りごと」の作者河野實さんは、
實と書いて「まこと」。
昭和39年、手記で、歌で、映画で、
それこそ一世を風靡した「愛と死を見つめて」の、
あのマコ!
吉永小百合、浜田光男のその映画は、高校の夏休み、
母の田舎の四国の小さな港町の小さな映画館で、
同じ年の従妹と観た記憶がある。
併映がたしか北大路欣也、星由里子の「千曲川絶唱」。
どちらも愛と不治の病がテーマで、
特に千曲川絶唱には北大路欣也が無理矢理星由里子の体を求める場面もあり、
照れくさかったなあ。
あっ!思わず甘酸っぱい回想にふけってしまいました。
スミマセン!
で、マコさんは、
その後ジャーナリスト、ノンフィクションライターとして活躍のかたわら、
今は、週2日70坪の週末菜園を楽しんでるそうです。

紹介者は私の酒友達でレコード友達のおっさん。
ぶらん亭ライブにはいつも、
自分の家庭菜園から取れ立ての野菜を差し入れてくれます。
当日もヤマモモ、ブラックベリー、ブラックベリーのスムージーにヨーグルト、
さらにおみやげ用にゴボウ、ニンジン、マメetc・・・、
沢山の野菜を届けて下さいました。
Hさん、ありがとう!
次回はなにをくれる?
え?調子に乗るな?
スミマセン!

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「夢見つつ深く植えよ」メイ・サートン 武田尚子訳(みすず書房)

作者は独身の女性詩人。
40代後半で田舎に家を買い、庭や環境やと格闘しつつ、
自分の人生を切り開いていく。
「体験は私の燃料だ。私はそれを燃やしながら生きてゆくだろう。生涯の終わりに、燃やされなかった1本の薪も残ることのないように」
「年齢によって人は異なる現実にふれる。
不死身の青春、正業に忙しい中年を経て老いを迎え、
こんどは「生きること自体」を玩味するようになる。
若者に「手を貸す」喜びもももてるようになる。
そういう変化と成長のなかにこそ人生の「冒険」はあるのに、
どうして「若さ」にばかり人はこだわるのか。」
紹介者は、ご自身が上のメイ・サートンの言葉そのままに、
体験を薪に、若者に刺激を与え、
素敵な年齢を重ねてらっしゃる女性。

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「日本の七十二候を楽しむ 旧暦のある暮らし」白井明大/有賀 一広・絵(東邦出版)

旧暦というのは、いつかキッチリお勉強したいと思い、
何度かそんな本を読みかけたりしましたが、
算数的なアタマがないせいか、
どうにも今ひとつ把握できません。

私なんぞもう実社会とはあまり関わりがなくなってますからね、
残りの人生、いっそ旧暦で生きてみてもいいんですがね。
昔の日本人の季節感を実感できると、
季節の移り変わりがいっそう味わい深いでしょうね。
紹介者は日本画家の女性。

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「口福無限」草野心平(講談社文芸文庫)

草野心平は、例えば、
ぐう であとびん むはありんく るてえる
(日本語訳 おれはいま土のなかの霧のような幸福につつまれている)
(「ごびらっふの独白」より)
といったような詩を書く、蛙の詩人。
「口福無限」はそんな詩人の食と酒のエッセイ(らしい)。
食のエッセイったって、そこは蛙の詩人ですからね、
かなりゲテモノも出てきそう(多分)。
それにしても講談社文芸文庫にはいい本が並んでますね。
財布の都合であまり気軽には買えないんですが。
ちなみにこれは1300円。
ブック●フで買ったんだけど、それでも800何十円かだったそう。
紹介者は唄うたい、「魚座」の藤井君。
あっ、来月8月11日(金)山の日は、
ここでその藤井君と垣内美希ちゃんのライブです。
みなさん、来て下さいネ!

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▼で、ここからは絵本読み聞かせと朗読▼

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「さるのひとりごと」松谷みよ子/司修・絵(童心社)
「いぐいぐいぐ」梶山俊夫(フレーベル館)

「さるのひとりごと」は島根県に伝わる民話がもとだそうです。
民話にしてはストーリー展開の面白さというものはなくて、
かわりに干渉される煩わしさや、それを排除したあとの淋しさ、
猿の身勝手さ、カニのけなげさといった、
なんだか哲学的なことを考えさせられたりしますが、
まずは、
「気持ちえぇなぁ。風はぶうぶうふくなり。波はどんどと打つなり・・・」
といった語り口、そして絵が、理屈抜きに楽しいですね。
「いぐいぐいぐ」も、
「いぐいぐいぐいぐ」「ごじゃらばごじゃれ」「しゅるしゅるしゅるしゅるう」
といった繰り返される音の面白さ、
そして気持ちの悪いような、いいような、
なんとも奇妙な魅力的なその絵・・・、

絵本というのはやっぱり「ことば」と「絵」ですね。
それに「音」の面白さを付け加えるのが、
読み聞かせの魅力でしょうか?

演者はうちのスタッフA。
読み聞かせボランティア養成講座とかいうのに数回行っただけですが、
なかなかどうして!

人には、本人が思う以上にいろいろな才能が隠されているもんですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「迷子のサーカス」別役実(短編集「淋しいおさかな」から)

同じ町のカーニバルを目指して旅するふたつのサーカス団が砂漠ですれ違う、
ひとつのサーカス団は青い星を、
もうひとつのサーカス団は逆方向の赤い星を目印に進んでいる・・・。
つまりどちらかが間違っているのだが・・・。

NHKの幼児番組「おはなしこんにちは」のために書かれたものだそうですが、
大人は大人で、自分の人生を重ね合わせ複雑な心境になるでしょうね。
青い星を目指したサーカス団が、
砂と風の中で、もうひとつのサーカス団に思いを馳せるところで、
おはなしは終わります。
淋しさの中に、救いもあるような、
また人生の救いというのはそういったものでしかないような、
しんとしたラストです。
赤い星のサーカス団も、
すれ違った青い星のサーカス団のことを思うだろう、
その思いも淋しいものだろうなあ・・・。

演者は、直方で舞踏や朗読の活動をされている森さん。
森さんは去年のクリスマス・イブ・ライブでは、
重松清「あいつの年賀状」の朗読を披露してくれました。
セリフがうまいなあ〜と思っていたら、
高校時代には演劇部だったとのこと。

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ということで、
かなりバラエティ豊かに、第3回読書会、
9時過ぎに終了しましたが、
残れる人は残って、その後なごやかに雑談タイム。
なんか、11時過ぎまでガヤガヤやってたような?

「ような?」というのは、
わたし、機嫌良く酔ってて、
最後の方はあまりよく覚えてないんです。
スミマセン!

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ということで、
読んでない本を知るのはもちろん楽しいですが、
知ってる本でも、
他の人の感想を聞くのはまた別の楽しさです。
また、本の紹介を通して、
知ってる人の知らない面が見えたりするのも楽しいです。
もちろんまだ知らない人と本を通して知り合えるなら、
この上ない幸運ですね。

ぶらん亭読書会は不定期開催ですが、
まだ出会えてないあなた、
次回は是非お気軽にご参加下さい。

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2017年7月 3日 (月)

来週月曜日(10日)は読書会

あなたのお薦めの一冊をお教え下さい!
あなたの一冊が、誰かの人生を変えるかもしれません。
誰かの一冊が、あなたの明日を広げるかもしれません。

ということで久々の読書会(第3回)です。

日時  7月10日(月)夜7時半〜9時くらい(開場6時)
会費  500円(ワンドリンクとお菓子付き)
    持込み自由
場所  北九州市小倉北区片野2丁目16-15 ぶらん亭 (居酒屋「たまりば」のビルの2階) 
    電話 093ー951ー6143
    モノレール片野駅下車、徒歩8分ほど


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ぶらん亭の読書会は、
各自お好きな1冊をお持ち頂いて、
その本ついて語って頂こうという趣向。
別に1冊じゃなくてもいいんですがね。
出席者の数によって変わりますが、
持ち時間は多分おひとり5〜10分ほど。

読書会というと普通「文学」中心が多いようですが、
過去2回のぶらん亭読書会では文学以外にも、
図鑑、園芸、科学、まんが、音楽、SF、歌集、写真集、詩集等、
いろんなジャンルの本が登場しました。
まあ、本のカタチをしてればなんでもいいと・・・。

ということで、
そんな気楽な場です。
興味のある方は、過去2回の読書会記事、
 ●去年7月12日の「読書会をしました」
 ●9月14日の「読書会【第2回】をしました」
の記事をご覧下さい。
およその雰囲気がおわかり頂けると思います。


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▲こんな雰囲気です。


「人前で話すのはどうも」という方、
聞いてるだけでも結構です。
特に本が好きという方じゃなくてもどうぞ、
本の世界を広げるきっかけになると嬉しいです。

私自身、そんな本読みでもなく
狭い偏った読書体験しかありません。
でも人づきあいの下手な自分にとって、
本は世界に開かれた窓でした。


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主催者がそんな風ですから、
人見知りの方、引っ込み思案の方、
歓迎です!
始めての方でも気後れするような場ではないと思います。
どうぞお気軽にお越し下さい。

今回は「おすすめの1冊」の他、
朗読絵本読み聞かせもありますよ!


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ということで場所のご案内。

モノレール片野駅下車。
改札口を出て左手前方の階段を降り、交番の角を左、
足立山方面に向って歩けば約8分。
フォルクスがある信号を渡ったその次の信号、
「たまりば」という居酒屋さんのあるビルの2階です。
お店じゃないので、看板とか探しても見つかりませんよ。

車でお越しの方は、すみません、駐車場はありません。
下の地図を参照に、近所のコインパーキングをご利用下さい。


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4番が一番近くて、うちまで徒歩1分ですが、ちょっと料金が高いですね。
3番が距離的にも料金的にもベストですが、3台しか停められません。
ダメもとで最初に行ってみましょう。
1番、2番からでも、ゆっくり歩いても5分はかかりません。



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駄猫どもも待っております。
「キテ ニャ!」と申しております。
左:ブラン♀ 右:ルテン♂


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2017年6月13日 (火)

読書備忘録

短編ばかりで気軽に読めるし、
あまり知らなくてしかも面白いという作品がならんでいるし、
活字は大きいしということで、
最近の読書はもっぱら、
ポプラ社の「百年文庫」のお世話になっている。

ただ、気をつけないと、
何度も同じ巻を読んでしまう。
ということで、
備忘録をつけておきましょう。

というようなことを、最近も書いたような気がする。
多分書いたんだろうな。
ま、いいか。

ところで備忘録というの、
この年までずっと忘備録と覚えてましたね、なぜか。
だから備忘録(ビボウロク)という言葉が出てくる度、
アタマの中で「ボウビロク」と置き換えてたわけですね。
そんなこんなで幾星霜、
いつしか頭に霜を戴き・・・。
嗚呼!恥多き我が人生よ!

ということで、
百年文庫34巻、テーマは「恋」。
「恋」ねえ・・・。

まあ、かの文豪ゲーテは、
73歳で18歳の少女に恋したとかいいますね、
えらいもんですね、
やはり詩人というのは。

  20代の恋は幻想である。
  30代の恋は浮気である。
  人は40代に達して、
  初めて精神的な恋愛を知る。

なんてことも言ってますな。


34

百年文庫34 恋 2010年 ポプラ社
●伊藤左千夫「隣の嫁」●江見水蔭「炭焼の煙」●吉川英治「春の雁」

●伊藤左千夫「隣の嫁」
伊藤左千夫といえば誰もが「野菊の墓」で頬を濡らした思い出があるだろう。
この「隣の嫁」も田舎の若い男女の結ばれない愛の話だが、
こちらは女性がなかなか積極的。
1908年に発表された作品だから舞台はまだ明治。
明治の農村とくると、因習にしばられた封建的な閉鎖的な息詰る日々、
人はただ黙々と土を耕して、などというイメージを安易に思い浮かべてしまうが、
意外と開放的だったのか?
19歳だぞ、隣の嫁のおとよさんは。
主人公の省作は農家の次男で19歳、
う〜ん、19歳で人妻かあ、
そして主人公に気のあるらしい下女のおはまは14歳。
でもまあ童謡「赤とんぼ」では、姐やは15で嫁にゆくわけだしなあ。
ちなみに「赤とんぼ」は、三木露風大正10年の詩。

●江見水蔭「炭焼の煙」
江見水蔭は初めて読んだ。1869年岡山生まれ。
「炭焼の煙」は1896年「国民の友」新年付録として発売。
猿だけを友に山奥に暮らす炭焼きの男。
美しい桜にも紅葉にも心動かされることなくひたすら炭を焼く暮らしに、
疑問も不満も持ってなかったが、
ある年花見に来たお大尽の娘を背負ったことから切ない思いが芽生え、
また次の年の春を待ちわびる・・・。
最後の、もとの山奥の暮らしに戻った男の上に、
ずんずんと時間が過ぎて行く、
その畳み込むような数行、
淋しさがしみじみと残る。

  『これより後幾春秋、尚更人の訪う者が稀になった』(略)
  『かかる間に、あの白犬さえも来ぬようになった』(略)
  『真次の年は作左衛門が来なくなった頃の齢にまで達した』(略)

江見水蔭はこの後、探偵小説、冒険小説を多く執筆。
「空中飛行器」「地中の秘密」「少年探検隊」「美人船」etc、
どれも題名からして面白そうだ。

●吉川英治「春の雁」
昭和12年の作。
吉川英治といえば「宮本武蔵」!
その作品は読んでなくても三船敏郎で、錦之助で、
映画には親しんでるもんだから、
なんとなく知ってるような気になっていた作家。

大衆文学とか通俗作家とかいったイメージを持っていたが、
初めて読んだこの作品、
話の筋立てはともかく、
昔の色街の気風、花柳界独特の雰囲気、
今では知りようのないその世界の情緒にどっぷり浸ることができ、
ああ、そこでは人はこんな風に生きていたんだろうな、
こんな風な価値観でこんな風に喋りこんな風に駆け引きしていたんだろうなあと、
それらは読書でのみ体験できること、
その点だけでも充分に面白かった。



2017年5月31日 (水)

読書備忘日記

  最近どうも世の中がヘンだ。
  (略)
  たとえば最近の新聞や雑誌の活字はヘンだ。
  日増しに小さくなっていく。
  (略)
  印刷も年々悪くなっているようだ。
  インクの色が薄いし、ぼやけているし、ところどころズレたりもしている。
  (略)
  思うにこれは不景気のせいかもしれない。
  活字をうんと小さくして、インクの使用量をケチっているのだ。


というのは、
東海林さだお先生のエッセイ「五十八歳の告白」の書き出し部分ですが、
この名エッセイが収録された文春文庫「明るいクヨクヨ教」は、
今確かめてみると2003年2月の初刷、
それから十数年、
どうやら世の中はますます不景気になったらしい。

活字はさらにこれでもか!というほど小さくなったし、
インクはますます薄くかすれ、
「ぼやけたり、ズレたりしているのは、
古くなって取り替える時期にきている印刷機を取り替えないから」
なのだろう。

というわけで、
読めない本ばかり並んでいる中で、
助かるのはポプラ社の「百年文庫」である。
内容も良い上に、
活字も大きく、
インクもケチってないようである。
深刻化する出版不況の中にあって、
このポプラ社だけは景気がいいのであろうか?
とにもかくにも、
読めないものを出版しておいて、
「本が売れない!」などと嘆いている
他の出版社には見習って欲しいものである。


そのシンプルな装丁もいい。
ただ、どの巻も似通っていて、
何度も同じ巻を読んでしまう。
まあ、何度読もうと、
その都度新鮮に読むのであるから別にいいようなものだが、
ちょっとなさけない気もするので、
とりあえず読んだ本はきちんと記録しておこうと、
読書日記をつけることにした。

と書いて、
なんだか、前にもこんなことを書いて、
それっきりになってたような気もするが・・・。

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百年文庫24 川 2010年 ポプラ社
●織田作之助「蛍」●日影丈吉「吉備津の釜」●室生犀星「津の国人」


●織田作之助「蛍」は、
18歳で京都の船宿寺田屋へ嫁いだ登勢の人生。
 『自分のゆくすえというものをいつどんな場合にもあらかじめ諦めて置く習わしがついた』登勢。
根性のひね曲がった姑を看病し、頼りにならない夫をたてながら、
寺田屋を切り廻していく。
淡々と出来事だけを並べて行く文章が、
ただ流れて行く川の流れのよう。
人は、外に向けてつらいと言い出したら、
言えば言うほどつらくなるしかないのだから、
だからそれは自分の中にとどめよ、
誰もがどこかで自分を律しなければならないのだと、
そんな静かな心境にもなる。
寺田屋というのは、あの幕末の寺田屋事件のあの寺田屋。
登勢も実在の女性で、実際に龍馬とも懇意で、
なかなかの女傑だったそう。


●日影丈吉「吉備津の釜」は、
自分を窮地から救い出してくれそうな人物のもとへ紹介状を持って会いに行く男、
その途上、ふと、いつか耳にした川の魔物から山の魔物へ手紙を届ける民話を思い出し・・・。
現実と民話が不気味に重なる、
ミステリーというのか、ホラーというのか、
一気に読まされた。

●室生犀星「津の国人」
室生犀星といえば、
「ふるさとは遠きにありて・・・」の詩人、
そして「幼年時代」「杏っ子」等の自伝的小説の作家としてのイメージだが、
「王朝もの」というジャンルも持っていたということで、
この「津の国人」はその「王朝もの」のひとつ。

  『津の国はよいところでございますね、水が多いので景色が美しくおぼえます。』

その『水が多い』津の国へ舟でやって来て、
やがて宮仕えの決まった夫は川を東へ、女は西へ、
ほんの1年足らずと約束したその別れもやはり舟。
その冒頭の舟の別れの、その味わいがラストまで続き、
ずっと川の上をゆらゆらとたゆとっていたかのような、
人の運命のあれこれはすべては水の上の、
よるべない、こころもとないものだというような、
そんな読後感。
まさしく、「川」。

伊勢物語24段「梓弓」、
その短い話がもとだという。

ほんの数行からここまで空想を広げ、
雅やかな世界を眼前に描き出す・・・、
やっぱりすごいね、本物の詩人というものは。



2017年5月13日 (土)

白い柵

視力低下で、
しばらく読書の楽しみから遠ざかってましたが、
ありがたいことに図書館に行くと、
大活字本というコーナーがあるんですね。

今まで敬遠してたんですがねえ、
「大活字本シリーズ」なんて・・、
どうにも年寄り臭くって。

でも年寄り臭いも何も、
いまや、押しも押されもせぬ、
堂々たる年寄りになってしまったわけですからねえ・・・、
で、いざ棚を見てみると結構面白そうな本も並んでます。

というわけで、
島村利正「妙高の秋」、
江國滋「落語への招待」、
椎名麟三「私の聖書物語」、
上林暁「聖ヨハネ病院にて」などを借りてきました。

どれも面白く読みましたが、
中でも、
上林暁「聖ヨハネ病院にて」収録の「野」が印象に残りました。


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大活字本シリーズ 聖ヨハネ病院にて(上) 上林暁
1996年 埼玉福祉会

ストーリーらしきものはなく、
鬱屈する日々を散歩でまぎらわす、その風景や心境がつづられています。
作家35歳前後でしょうか?

『私はその当時、敗残の身を持て余し、生きているとも思はれない日日を過しているのであった。(略)そのうへからだは病み、文学への希望は報われず、畳は破れ、襖には穴があき、あばらや同然の家のなかに、親子五人が生活とも言へない生活を営んでいるのであった。』

『昨日も今日も自分の上にのしかかる現実の重みから逃れるために、私は時を選ばず野に出ることを覚え、神学校の庭のベンチを発見すると、そこを自分の隠遁の場所と心得てしまった。』


散歩の途中で見かけた神学生の姿が、
純粋でひたむきなものに見え、
ひき比べて自分の来し方を思い・・・、
その神学校の庭では、
ただの雀たちさえ見たことのない珍しい鳥のように錯覚してしまう・・・、
おかしく哀しく共感するそんなエピソード。
中でも、
引っ越し途中に車から見かけた白い柵を思う心境は、
誰もが、自分のことのように実感するのでは?


『あの白い柵はなんだらうと、野のことを思ふ度に私の心から離れたことはなかった。牧場だらうかと思ってみた。(略)いろいろ考へているうちに、私はいつの間にか、その白い柵に対して、空想とあこがれとを持ちはじめていることに気がついた。現実を離れた、童話のような世界が、そこにあるやうな気がだんだんして来るのであった。』

『私は寝て天井の木理を見ながら、ふとあの白い柵のことを思ひ出すことがあった。私にはやはり、あすこにはメリイゴオランドのやうなものがあって、今でも馬に乗った人がこっくりこっくりと、音楽につれて柵のうちを廻っているとしか思はれなかった。』

『こんな野の果てに、そのやうな歓楽場などあるはずないのに、どうしてもさうとしか思へないのであった。』



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子供の頃は今みたいに情報がなかった。
テレビだってなかった。
だから本の挿絵とか、絵はがきとか、
お菓子の箱とか、薬瓶とか、
そんな小さな断片をつなぎ合わせて、
「西洋」=「美しい町」を作った、
山の向こうの空の下に。

そこはいつもいい天気で、
美しい人達が美しい暮らしをしている・・・。

大人になって、
そんな、子供の「西洋」につながるかけら、
つまり明るい小さな野の記憶だとか、
今ではあまり見かけなくなった種類の小さな薔薇を這わせた垣根だとか、
ひっそりとした民家の白い門扉だとか、
手入れされていないままに庭木の茂る古い家の洋間の窓だとか、
港町だとか、
赤い電車だとか、
素朴なタッチの風景画だとか、
そんなものに出会うと、
そこに『現実を離れた、童話のような世界』を思い、
行き着けないままの「美しい町」を思い、
それを思っていた自分を思い、
嬉しさと淋しさのまじったような、
独特の感情が今も湧きあがってくる。

他に「薔薇盗人」「天草土産」「二閑人交遊図」を収録。



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2017年5月10日 (水)

森を歩けば

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新緑がきれいですね。
この時期、天気のいい日に森を歩くと、
自分を、
明るい未来に向かう少年のように、
錯覚してしまいます。

って、

(;^^A

いいじゃないですか、
ほっといて下さい!




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ということで、
晴れた日は、
森までは行けなくても、
近所の公園や並木道を歩くだけでも、
これから夢を見たり、
恋をしたり、
そんな明日が無限に広がっているんだというようなね、
ま、心だけはタイムマシンで、
そんな遠い初夏へ還っていくわけですが・・・。

よかったな、おっさん、
もう帰ってこなくていいぞ!!

え!?

ということで、
天気のいい日は森歩き、
雨の日は活字の大きな百年文庫。
この時期らしく「森」の巻などいかがでしょう?




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百年文庫18 森 2010年 ポプラ社
●モンゴメリー「ロイド老嬢」●ジョルジュ・サンド「花のささやき」●タゴール「カブリワラ」

若い日、ちょっとした口論から、
その後の仲直りのチャンスもフイにし、
永遠に恋人を失ってしまったロイド老嬢。

「あれ?この話、どっかで読んだか?」と思いましたが、
『アンの青春』のミス・ラベンダーさんと同じ設定なんですね。

ラベンダーさんは素敵な中年女性でしたが、
こちらはもっと老齢で、うんと頑固です。
鉄のようなプライドで自分を覆い、
村の子どもたちからは魔女のように怖がられています。

  『ロイド老嬢には、愛するものがなにもなかった。
   だれにとっても、それくらい心にも体にも悪い状態はないといえる』

そうですね、
愛されるというのも嬉しいことですが、
人には愛する喜びというものも必要なんですね。

『愛する喜びは、愛される喜びよりも、はるかに優るものである(トマス・フラー)』
なんて言葉もありますね。
『はるかに優る』かどうかはわかりませんが。



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ということで、
「新しい日なんか大きらいだ」と心を閉ざしてたロイド老嬢も、
ある日愛を注ぐ相手を見つけます。
村にやってきた新米の音楽教師が、
なんと昔の恋人の娘だったんですね。

  『「あの人の娘!そしてあの子は、わたしの娘だったかもしれないのだ」』
  『「神よ、なにかあの子のためにしてやれることを、
   思いつかせてください・・・
   このわたしにもしてやれるような、なにか小さな、小さなことを」』



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最初はその娘シルビアのために、
毎日花を摘んで、こっそり届けます。
シルビアには知られないように、
季節の移り変わりにあわせてイチゴ、ブルーベリー、キイチゴ・・・、
ロイド老嬢は森のどこにいつなにが生えるかよく知ってるんですね、
時にはあまり遠くまで摘みにいって、
体が痛くなったりもします。

シルビアにドレスを贈ろうと、
大切な水差しを売ってしまったりもします。
さらに、
最も大切にしまっていたあるものさえ・・・。



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ネタばれになりますのでこれ以上は書けませんが、
お金やなんかで換えられるものじゃない、
自分とシルビアだけがその価値をわかちあえるもの、
それをシルビアに与えてしまったあとの、
覚悟はしていたとはいえやはり感じずにはいられない喪失感・・・、
すっかり枯れ果ててしまったおっさんも、
ここのところはちょっとウルウルときましたね。
作者自身、
後年この作品を読み返して泣いてしまったと告白してるそうです。

でもハッピーエンドですよ。
安心してお読み下さい。
ま、モンゴメリの短編集『アンの友達』にも収録されてる作品ですから、
女性の方はたいてい読んでらっしゃるのかもしれませんが。

でもこの百年文庫ではおなじみの村岡花子さん訳ではなく、
掛川恭子さんという方の訳ですから、
読み比べてみるのも面白いかもしれません。




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ジョルジュ・サンドは、
リストやショパンやと浮き名を流したフランスの女流作家。
「花のささやき」は孫娘に書いた童話ということらしいが、
いかにも西洋人の童話という印象。

タゴールはインドの詩人。
アフガニスタンから来た果物売りと、
タゴールの幼い娘との交流。
そして、数年後の娘の婚礼の日の再会の話。




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モンゴメリ以外は、
あんまり「森」とは関係ないですね。



2017年4月21日 (金)

目玉で読んで、心で感じる

すっかり眼が悪くなって、本が読みづらくなった。
そのうち読書用の眼鏡をこしらえなければと思っているが、
面倒で先延ばしにしている。
しばらく本から離れてみるのもよかろうという気もある。
でも、まったく読まないというのも、
なにか芯が抜けたようで、
精神が停滞しそうな気もする。

ということで、
この頃はポプラ社の百年文庫をポチポチ拾い読み。
このシリーズは字が大きくて助かる。
100冊シリーズの各巻に、短編を3編ずつ収録。
小説はあまり読まないんだけど、
これはよほどの目利きがセレクトしてくれてるようで、
どの巻もハズレがない。
そもそも、オレが、
もっとも文章が上手い!と思っている作家、
幸田文さんとは、
このシリーズ中の「音」の巻で出会った。

今回読んだ中では、
「店」の巻の「婦人靴」が最も印象に残った。
「青い山脈」や「石中先生行状記」など、
その多くの作品が映画化され親しまれている石坂洋次郎1956年の作品。
この作品も「チエミの婦人靴」として映画化されているらしい。


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百年文庫27 店 2010年 ポプラ社
●石坂洋次郎「婦人靴」●椎名麟三「黄昏の回想」●和田芳恵「雪女」

まだ「スター」がいた時代、
中卒、見習い職人、女子工員、
楽しみは「明星」「平凡」などのスター雑誌、
ごちそうはラーメン、
休日の娯楽は映画、
デートは公園でゆで玉子とアンパン、のしいか、林檎・・・。
貧しさ、気後れ、憧れ、見栄、
背伸びして吸って気分が悪くなった煙草、
そして文通!

ああ、
文通・・・!

あの時代、
遠い町への、
遠い異性へのあこがれを満たす、
数少ない手段、
文通!
ペンフレンド!

あの時代に青春を過ごした人の多くは、
胸が甘酸っぱくなる言葉じゃないでしょうか?

今、60代以上の方なら、
大抵の方が文通の思い出があるんじゃないですか?
顔が赤くなる方も多いかもしれませんが、
いいんじゃないですか?
青春ってのは、
そんなのが。

明朗な作風で知られる石坂洋次郎だが、
同郷(津軽)の葛西善蔵が困っている時、
その代作をしたこともあるらしい。
およそ正反対の資質に思えるが、
代作したその「老婆」は、
「最近の葛西作品は低調だったが、
この作品は、みちがえるほどひきしまった好短編である」と、
批評家にほめられたという。

椎名麟三は初めて読んだが、
屈折した感情をよく捉えていて、
一気に読まされた。
この人のものはもうすこし読んでみたい。



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百年文庫53 街 2010年 ポプラ社
●谷譲次「感傷の靴」●子母沢寛「チコのはなし」●富士正晴「一夜の宿・恋の傍杖」

「街」では子母沢寛「チコのはなし」に泣かされた。
チコというのは犬の名です。
犬を飼ってる方は絶対読んではいけません。
犬じゃなくても動物を飼ってる方、
飼ってなくても動物好きの方、
決して読んではいけません。
あっ、いけません!と言ってるのに・・・、もう。
知りませんからね。
どうしても読むんだったら人がいないところでね。

「感傷の靴」の谷譲次は別名「牧逸馬」「林不忘」。
そうです、ご存知「丹下左膳」の作者ですね。


百年文庫55 空 2010年 ポプラ社
●北原武夫「聖家族」●ジョージ・ムーア「懐郷」●藤枝静男「悲しいだけ」

北原武夫は初めて読んだ。
川崎長太郎の中学の後輩で、一緒に同人誌を出したことがあるという。
後、坂口安吾、矢田津世子らと同人誌「桜」を創刊。
宇野千代と27年暮らし、後離婚。
「聖家族」の、思い立ったらすぐ行動に移す主人公は、
ひょっとしたら宇野千代がモデルなのか?
主人公も、その奔放な奇妙な行動を奇妙に思わないらしいまわりの人々も、みんな奇妙で、
のどかな童話のようでもある、なんとも不思議な味わいの作品。


百年文庫10 季 2010年 ポプラ社
●円地文子「白梅の女」●島村利正「仙酔島」●井上靖「玉碗記」

島村利正もこの本で初めて知った。
ごく短い、これという起伏もない作品ながら、読後感は深い。
苦労ばかり続いたように見えようが、
気楽なように見えようが、
その人にはその人の人生、
傍目から見てどうであれ、
最終的に自分の人生を肯定できる心境に立ち至れる、
人の生きる意味はそのことに・・・、
などと、
薄っぺらいおっさっんがしたり顔で薄っぺらい感想文を書くと、
かえって作品の味わいから遠くなってしまう。
仙酔島は瀬戸内海に実際にある風光明媚な島らしい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、数日前、
ここまで書いておいて、
とうとう今日、眼の治療を受けてきた。
「目玉に注射」という、考えるだけで恐ろしい治療である。
楽しい事じゃないからねえ、
ずっと先延ばしにしてきたんだけど、
日に日に世界がゆがんでいくし、
免許証の更新も近づいて来たし・・・。

ということで、
行ってきましたよ「目玉に注射」。
男ですからね、なんてぇこたぁなかったさ!
これから1か月毎に最低あと2回は「目玉に注射」だ。

で、
なんと、
おまけに白内障も出始めていると言う。
トホホ!
どうもこの頃世界がかすんで薄暗くなったと思ってたんだ。

でも、まあね、白内障はね、
60代なら80%くらいはなるというしね、
今はまだしなくてもいいんだけど、
もっと進んだらしなければというこちらの治療は、
眼の水晶体を砕いて!それを吸い出して!取り除いて!
かわりに人工のレンズを入れるんだと・・・・・・・・・。
いえ、
男ですからね、、なんてぇこたぁないさ!
昔は治療法もなかったってんだからねぇ、
今は治療できるってんだからね、
いい時代だよね、よかったよね。
「水晶体を砕いて」なんて言ったってね、
男ですからね・・・。
なんてぇこたぁ・・・、
ね。



2017年3月 6日 (月)

帰る夜道が淋しくなった

以前、家の近くに「まんが倉庫」というリサイクルショップがあって、
帰りに、そこの古本や中古レコードの売り場に立ち寄るのが楽しみだったが、
2年前に閉店してしまった。
以来帰り道に残された楽しみは、
古くから営業されている地元の本屋さんだけだったが、
その店もとうとう先日、閉店してしまった。

なにもいいことのなかった一日、
不本意なことばかりだった一日、
このまま今日を終わるのは物足りない、
そんな帰り道の気分を、
その本屋さんや、
「まんが倉庫」が、
どれだけ慰めてくれたことか。

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▲在りし日の「まんが倉庫」

一日の終わり、
これという目当てもなく、
本やレコードの棚をゆっくりあさる時の幸福。
その上で気に入ったものでも見つけた日には、
どんな一日も嬉しい一日に変わった。

これからはもう、
そんな日もなくなる。


昔ながらの書店、レコード店、古本屋、喫茶店、
オレの立ち寄りたい店はみんな消えてしまった。



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▲「まんが倉庫」閉店時のスタッフ寄せ書き

近くに書店がないことはない。
ショッピングセンターに入っている大手チェーンの書店があり、
わりと豊富な品揃えはなされている。
だけど、空気感が違うとでもいうのか、
あまり立ち寄る気がしない。


多分、
本は本の好きな人から買いたいんだ。
本は本を好きな人が作った棚で探したいんだ。
レコードも、音楽の好きな人がやってる店で買いたいんだ。
自分の売ってる物への誇りや愛情や喜びを持っている、
そんな売り場で買って、
なにも会話はしないけど、
そんな感情を共有したいんだ。
それがないなら、
ネットで買えばすむ。


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閉店を知って、
本屋さんには何度か行った。
店員さんに何か言おうかとも思ったけど・・・。

いよいよ閉店という日は、
夜行くと感傷的になりそうなので昼間に行った。
レジでいつも通り「ありがとうございました」と言われ、
オレも「ありがとうございました」とだけ返した。



時代が変わって、
昔にはなかった面白い物もたくさん出て来る。
そして不必要になったものはどんどん消えていく。
その陰で、
必要だったはずのものも、
消えていっているような気がする。



2017年2月16日 (木)

乱視老眼乱読日記

なんなんですかねえ、
視力が落ちてすっかり本が読めなくなったのに、
やっぱり本を買い込むのが楽しみ。
新刊も買うし、図書館からも借りますが、
やっぱり新古書店っていうんですか?
ブック●フなどを回るのが楽しいですね。
安いからというのもありますが、
なんか、新刊書店より読みたい本が見つかる気がします。
ということで、
近頃新古書店で見つけた本。


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アトムの子ら ウィルマー・H・シラス 小笠原豊樹:訳 
ハヤカワSFシリーズ3015 昭和42年 早川書房

ミュータントテーマのSF。
1967年の発行だから随分古い。
ミュータントというのは突然変異などで常人にはない能力、
例えばテレパシーとかテレポーテーション(瞬間移動)とか、
テレキネシス(念力)とかを持つようになった者達のことですね。
これ、むかし高校生の時読んで、
当時好きだった石ノ森章太郎の「ミュータント サブ」にも共通する、
特異能力者ゆえの孤独感が印象深く残り、
後年、読み返したいと思いながらもタイトルを覚えてなくて探せなかった作品。
50年ぶり、古本屋さんで懐かしい再会。



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完全パンクマニュアル はじめてのセックス・ピストルズ 
架神恭介+辰巳一世 2006年 シンコーミュージック・エンタテイメント

「みなさんが人から“ファッションパンク”と蔑まれない、
立派なパンクロッカーになることを願って」の正しいパンク入門書。
「パンクに適した人材」として
  ■なんとなくこわい
  ■理屈が通じない
  ■多数派に反抗する
 うんぬんとあって、最後に
  ■身体が細い
  ■筋肉がない
とあります。
そうです、
ロッカーは腕っ節が強くっちゃダメなんです。
弱いくせに吠えずにいられない、
その矛盾、そのなさけなさが、
ロックなんだと思います。



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今ひとたびの戦後日本映画 川本三郎 岩波書店 1994年第3刷

古い日本映画が好きです。
特に昭和30年代あたり。
あまりシリアスなのより明るい小品がいいですね。
刺々しさのないゆったりとした雰囲気がなんとも心地よく、
ケーブルテレビに加入してた時期、
老後の楽しみにと、
古い日本映画をたくさんビデオに撮り貯めました。
ビデオデッキがこわれ淋しく思ってましたが、
見かねた友人が、テレビと一体になってるタイプのをくれました。
いつかみなさんとも一緒に観ましょうね。



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近代はやり唄集 倉田喜弘:編 岩波文庫 2016年 岩波書店

歌が好きなので、
それも大衆的な歌が好きなので、
こういった本には目がない。
明治、大正の「はやり唄」を、
「寄席の唄」「座敷の唄」「壮士の唄」「書生の唄」「ヴァイオリン演歌」「劇場の唄」「映画の唄」と分類し、
丁寧な注釈をつけて紹介。
こういう本に接すると、
いつの時代でも、何処の国でも、どんな状況下でも人は歌を作るという、
あたりまえのことなんだけど、
そのことに改めて感動。



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日本語と原語で歌う 世界の名歌 2004年 2刷 野ばら社

トラウマがあって、小学校の音楽の時間は嫌いでした。
ぼくの音楽のゆりかごは、
「ミネソタの玉子売り」「銀座カンカン娘」「ガード下の靴磨き」等の歌謡曲です。
そして美空ひばり、阪本九、弘田三枝子あたりを経て洋楽へ向かいます。
でも教科書の「夜汽車」と「遠くの町」、
そしてロシア民謡は好きでした。
その頃から野ばら社はこんな歌の本をたくさん出版していました。
洋楽に夢中になるかたわら、
野ばら社の本で親しんだ山の歌、旅の歌、仕事の歌・・・、
今でもぼくの歌の根底にはそれらの歌があります。
一番多感な頃、
学校の音楽にはお世話になりませんでしたが、
ラジオと、野ばら社の歌の本には本当にお世話になりました。
ありがたく思っています。



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大正・昭和の乙女デザイン ロマンチック絵はがき 
監修:山田俊幸 2009年初版 ピエ・ブックス

子供の頃は、無彩色の日常だったような気がする。
茶色と灰色ばかりの長屋で、
わずかな雑誌の挿絵などを手がかりに夢見た遠い町。
青い海、まぶしい白い町並み、
その美しい通りを行き交う綺麗な人達。
異国、西洋、高原、湖、
カタカナのお菓子、飲み物・・・。
大人になって、遠くの町にも遠くの国にも行ったけれど、
子供の頃夢見た国は、遥かに遠いまま。


2017年1月17日 (火)

昔は良かった・・・のか?

年明けから咳が頻発。
ヘビースモーカーだったせいで、
COPDとかいう肺疾患も抱えてますから、
そもそも咳き込みやすい。
今回もそんなちょっとした不調だろうと軽くかまえてたら、
途中からタチの悪い風邪に変わったみたいで、
だんだんひどくなり、
とうとう喘息状態で夜もろくに寝られないというところまで来て、

耳なんかもギュンギュン痛くなってですね、
さすがにねぇ〜、
これはもう、
これ以上ほっといたら死ぬな〜と、
病院に行きました。

で、
何種類か薬を頂いて今日で5日目、
咳はまだ続いてますが、
その苦しさの度合いは、
やはり病院に行く前とは格段に違います。

いやあ、ありがたいもんですね、
医学の進歩した現代に生まれてよかったなあ〜と、
いや、ホント。
これ、昔だったら、
こじらせたあげくに死んじゃったりしてたわけですよね。


よく思うんですが、
今の日本、
医療に限らず、
見るもの、聞くもの、着るもの、食べるもの、
少々貧しい人でもですね、
昔のお殿様よりいい暮らしなんじゃないですかね?

ヒートテックの肌着ひとつとっても、
感動ものですよね、
それから、ビールをキンキンに冷やしてくれる冷蔵庫、
あと、歯医者さんとかね、

というわけでこんな本をご紹介。


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▲「本当はひどかった昔の日本」古典文学で知るしたたかな日本人
  大塚ひかり 新潮社 2014年

よく「今は物質的には恵まれてても、
心は貧しくなってしまったんじゃないか?」なんて言い方、
してしまいますよね?

でも、
「子殺し」「親殺し」「捨て子」「いじめ」
「ストーカー」「ブラック企業」etc、
今の時代の病いと言われてるようなものは、
ちゃんと昔もありました、
それを超えて、ご先祖様達は必死に生き抜いてきたんです、
今も昔も、人が生きてくことは大変なんです、
だからここじゃないどこかに、
今じゃないいつかに、
理想郷があるなんて幻想は捨てましょうよ。
この世はつらくてあたりまえというところから始めたなら、
かえってラクに生きられるんじゃないですか?

と、
この本には多分そのようなことが書かれてるんだと思います。
多分というのは、実はまだ全部をよく読んではいないんです、
スミマセン。

作者の肩書きは「古典エッセイスト」ということで、
いろんな古典をひきながら、
今あることは昔もあった、
昔はもっとひどかったと教えてくれます。


ぼくは高校のとき、
学校の図書館にあった「今昔物語」を読みまして、
今も昔も人間は変わらないもんなんだなと知り、
その考え方は、その後の人生の大きな判断基準になりました。
人生の早いうちにそのことを知ってよかったなと、
学校には感謝してなくても、
その図書館には感謝してます。

ということで、
「下を見ればきりがない」っていう考え方で、
半端なところで現状を満足しようってことじゃないんです。
ただね、
「昔はよかった」なんて無い物ねだりをして、
ことさら不幸をあげつらうという姿勢も、
結局いいことはなんにももたらさないのではないか?と、
かよう愚考した次第でござったでござるでござる。

あれれ?
スミマセン、
まだ熱があるのでしょうか?
あるのでしょうか?
しょうか?
しようか?
なにすんのっ!!

ビビビビビビン!!


では寒さ厳しき折、
どちら様もどうぞご油断なく、
風邪など召されませぬように。


2016年12月28日 (水)

回文昆布烏賊

ということで、
今日のお題は回文昆布烏賊。
つまり「かいぶんこんぶいか」、
前から読んでも終わりから読んでも「かいぶんこんぶいか」!
わぁ〜!面白いですねえ〜!

え?
面白くありません?
スミマセン。
そもそもどういう意味だ?
昆布とイカがどうかしたのか?
って、
いえ、
別に深い意味はありません、
そこまで追求されましてもですね、
答えはしどろもどろになるしか・・・、
ん?シドロモドロ・・・?
シドロモドロシテ・・・?
シドロモドロシテシマイマス・・・、
スマイマシテシロドモロドシテシマイマス、
住まいまして、しどろもどろしてしまいます?
あれ?
行けたか?

ア〜!惜しい!

シドロモドロとシロドモロドになってて、
きちんとひっくり返ってない!!!
ク〜〜〜!!! 

というようなのが回文遊びでございます。

というのもですね、
ここんとこすっかり眼が悪くなって本が読めなくなったんですね。
いえ、読めないことはないんですが読みづらくって。
よっぽど面白い本でない限りすぐに疲れて投げ出してしまいます。
別に本なんて読まなくたっていいようなもんですが長い間読まずにいると心身共に不活発になるのに気がつきました。
精神への刺激がないと怠惰な人間はもう怠惰一直線、怠惰の悪循環!
そうして無気力になってくると音楽を聴く気にさえなりません。
大体音楽って、本を読んでて「あっ、この気分にはあの曲」とか思いついて聴くことが多いですからね。

ということでこのままボケてしまっては大変!
ということで眼を使わずにできる回文遊びを始めてみました。
どうぞ意味など追求せず、
笑って見てやって下さいませ。

ん?クダサイマセ?
セマイサ、ダク・・・?
だめか?

これ、始めると、
ついついどんな文でも「なんとかならないか?」と、
さかさに読んでしまうようになってしまってこまってしまって、
ン?てつましてつま・・・?

きりがない!もお!
ん?
きりがないもお、おもいながりき・・・?
オモイナガリキリ、
オモイナ、ガリキリ、キリガナイ、モオ!
え〜と、
重いなガリ切り、きりがない、もお!
つまり「ガリ版切りが重い!」ということで、
いけるか?
「ガリ版切り」なんて誰も知らんか?
ちと苦しいか?

って、

やめれ!
しつこいぞ!!!!!!

ということで、以下、
駄作を披露。


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軽いイルカ
カルイイルカ

▲回文といっても、おっさん、長いのは苦手。



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猿乗るさ
サルノルサ

▲こんな短いのが好き。



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粘るバネ
ネバルバネ

▲子供の頃から「根気」というものはまったくありませんからね。



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この子ね?!歌う猫の子!
コノコネウタウネコノコ

▲今回はこれが一番長い。



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ジジとババとジジ
ジジトババトジジ

▲こういうのは反則?でもバカバカしくって好き。
 ン?
 バカバカしくって・・・? てつくしかばかば・・・?
 「鉄櫛か?馬鹿馬鹿しくって」
 「テツクシカバカバカシクッテ」
 つまり鉄製の大きな櫛を出されてバカバカしいと・・・、
 う〜ん、ちと苦しいか?



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長いがな!
ナガイガナ

▲大阪弁でんな。



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いやはや早い!
イヤハヤハヤイ

▲実感ですね。


こんなの、まだまだ出来つつあります。
また載せます。
お楽しみに!?

いらんぞ、もう!
やめや!

ン?
やめや?

ヤメヤ!
ヤメヤメヤ!?

2016年12月 8日 (木)

駄本自慢

「古本が好き」というと、
私のことをさぞ教養溢れる紳士であろうと思われるやもしれませんが、
え?思いません?
そうですか。

ま、実際、
古本といっても私の好きなのは、
よくいう「黒っぽい本」とか「稀覯書」とかではなく、
なんていうんでしょう、
雑本?駄本?
ま、下に並んでるようなものです。

これら、
私としてはなかなかの金額、
でも人によっては、
例えば奥様同士でのご夕食代くらい?
オホホ、そんな金額じゃお昼だって食べられませんことよ、
って?
どなたですか?
ほっといて下さい!
とにかくそれくらいの金額で集めました。
せっかく買ったので、
ちょっと見せてあげましょうね。


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▲童謡絵本 並木良:画  富士屋書店:発行

発行年月日は不明ですが、
50円という値段からして、
多分昭和30年前後でしょうか?
利口そうな子供たち、
女の子は舞子さんのように着飾ってますし、
男の子はピアノなんか弾いてます。
すごいですね!
えっ?
宅ではそんなのあたりまえでしたわ、
って?
どなたですか?



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▲その中

収録曲は「かえるのふえ」「あわてとこや」「あめ」「かたつむり」「さくら」。
これは「あめ」のページ。
お庭に石灯篭もありますから、
ずいぶんお金持ちのおうちのようです。
犬までかしこそうです。

オホホ、宅では・・・、

ウルサイ!!


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▲百味 No.37 1962年10月号 発行 東京有名百味会

表紙イラストがかわいくなくて、
左の肉屋さんなんかちょっと不気味だったりさえして、
いい味ですね。
耳鼻科に通う小学校の夏休み、
道沿いの肉屋さんに何本も下がってたまっぷたつになった牛、
飽きずに眺めてたのを思い出します。
昔はあったんです、町中に。
そんな解体場みたいなお店。



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▲その内側

この号は46Pのごく薄いものですが、
この「百味(ひゃくみ)」、
立派になって月刊で今も続いている様子。


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▲カットや小さな広告が、またいい味です。

フグの表情もいいですが、
この新装旅館明ぼの、
「都心の中の静寂境」「最高の設備で最低のお値段」、
コピーもなごみますね。
今でもあるんでしょうか、この旅館?
「明朗会計制」とあるのは、
その頃は明朗会計制でない旅館も多かったということなのでしょうか?



3

▲歌謡アルバム 3つの歌 平凡 昭和29年5月号付録

大衆娯楽雑誌「平凡」の付録。
競争誌「明星」も、毎号このような歌本が付録についてました。
表紙の左の男性は「歌う映画スター」第1号と呼ばれた高田浩吉。
高田美和のお父さん、といったって、高田美和も知らないかなあ?
右の女性はこの数年後「南国土佐をあとにして」を、
さらに後年「ドレミの歌」「学生時代」をヒットさせるペギー葉山。




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▲その裏表紙の広告

「日本にも来ました・・・世界の飲物 コーラー」だそうです。
昭和29年にコーラ、
日本最初のコーラでしょうか?
私が始めてコーラなるものを飲んだのは、
小学校のときの町内のバス旅行。
おとなが1本買って子供達に一口ずつ回し飲みさせてくれました。
サイダーが薬になったような、
なんとも奇妙な印象でした。


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▲その内側ページ

のってる歌は流行歌だけでなく、
洋楽、シャンソン、ラテン、ホームソング、童謡、唱歌と
バラエティ豊か。
で、最下段には「これは便利 ジャズ豆辞典」ということで、
1行ずつ音楽用語の解説が掲載されています。

 ☆イン・フロント 拍子より少し先に演奏すること
 ☆ドッグ・テューン 音楽的にいかがわしい曲のこと(下の写真)

ウ〜ム、勉強になります!



2

▲その内側ページ2

このように曲にあわせてイラスト、レイアウトも工夫が凝らされています。
全ページお見せしたいくらいなのですが・・・。
丁寧な仕事にあたまが下がります。
また、時代にそれだけのゆとりもあったということでしょうね。
最終頁に「この本のさしえは 井ケ田三郎、堂昂一、藤形一男、御酒静児、森山蕃の皆さんです」とあります。



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▲裏表紙裏の広告

「ふと、うかんだ希望のメロディを 
 トンボバンド ハーモニカ にのせて」
いいコピーですねえ!

「高尚な趣味として楽しめる音楽は 
 若い世代のエチケット!」
なんだそうですよ。



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▲はさまっていた「第三回全国自治宝くじ」

発行は日本勧業銀行で抽選日は昭和30年5月です。
誰が買ったんでしょう?
あたらなかったのか、忘れてしまったのか?
一等は400万円、二等100万円、三等50万円・・・、
ウ〜ン!



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▲とびだせ鉄平 高野よしてる 「少年」 昭和33年12月号付録

「ぼくら」「日の丸」「漫画王」「冒険王」、
数ある月刊少年雑誌のなかでもひときわ人気の高かった「少年」。
日頃は貸本屋で借りるだけですが、
年に一度、新年号だけは買って貰えました。
その本屋さんへ行く道のワクワク感、
あそこまでの嬉しい気持ち、
おとなになってからあったかなあ?

高野よしてる氏は絵がうまくて、
また構図がダイナミックで、
少年まんがの人気が月刊誌から週刊誌にうつっても大活躍。
「少年マガジン」に創刊号から連載された「13号発進せよ」は、
大人になっても忘れられない作品でしたが、
10年ほど前、めでたく完全版が上下2巻で復刻され、
おかげで当時切れ切れにしか読めずに気になってた部分も、
全部読むことができました。
いい時代になったな〜と感動しました。



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▲小倉市最新地図 西日本産業商工社 昭和28年発行 定価50円
 
これはおくるみで、内側に大きな地図が畳み込まれています。
お見せしたいのですが、大きすぎてスキャンできません。
ま、おくるみで雰囲気だけお味わい下さい。

昭和28年、まだ小倉市ですね。
五市合併して北九州市になるのはこの10年後の昭和38年。
表紙下イラスト中央の黒星マークは、
もちろんドームじゃなくて、
陸軍造兵廠跡地です。
内側の地図でもその場所は黒星マークだけで、
空白になってます。
戦後8年たってるのにまだ機密だったんでしょうか?



駄本は、
このほかにもまだあります。
もっといろいろ見せびらかしたいのですが、
今日はここまで。
眼が疲れました。
ま、いずれまた。


2016年11月 8日 (火)

すぐになくなる小さな世界

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苔いちめんに、霧がぽしゃぽしゃ降って、
蟻の歩哨は鉄の帽子のひさしの下から、するどいひとみであたりをにらみ、
青く大きな羊歯の森の前をあちこち行ったり来たりしています。
〔ありときのこ〕



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「あっ、あれなんだろう。あんなところにまっ白な家ができた」
「家じゃない山だ」
「昨日はなかったぞ」
〔ありときのこ〕



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あれはきのこというものだって。なんでもないって。
アルキル中佐はうんと笑ったよ。
〔ありときのこ〕



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あのね、すぐなくなるって。地図に入れなくてもいいって。
あんなもの地図に入れたり消したりしていたら、陸地測量部など百あっても足りないって。
〔ありときのこ〕



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そのとき霧の向こうから、大きな赤い日がのぼり、
羊歯もすぎごけもにわかにぱっと青くなり、
蟻の歩哨は、またいかめしくスナイドル式銃剣を南の方へ構えました。
〔ありときのこ〕



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ははあ、これがさるのこしかけだ。
けれどもこいつへ腰をかけるようなやつなら、すいぶん小さな猿だ。
〔さるのこしかけ〕


〔ありときのこ〕も〔さるのこしかけ〕も宮沢賢治さんの童話です。
興味のある方は、ネットの「青空文庫」でも読めますよ。

2016年9月23日 (金)

読書日記

1

▲大手拓次詩集 神保光太郎編 白鳳社 青春の詩集12 1965年



2

大手拓次詩集 原子朗編 岩波文庫緑133−1 1991年

大手拓次は、
生前に詩集が発刊されることはなかったが、
ボードレール「悪の華」に影響されたその象徴詩は、
北原白秋や萩原朔太郎に絶賛される。
29歳でライオン歯磨の宣伝部に勤務、
以後会社勤めのかたわら、
香水瓶を並べた下宿の一室で詩作に没頭。
難聴や頭痛に悩まされ、
詩壇とのつきあいに乏しく、
作品の発表にも積極的でなく、
独身のまま47歳結核で死亡。

  あなたはもう迅うに世間の推賛を受けていなければならない人なんです。
  室生君も萩原君も出て了ったではありませんか。

と、北原白秋からの手紙にもあるのだが・・・。




31

娶らざる詩人 大手拓次の生涯 生方たつえ 東京美術 1973年
 表紙カバーはないのでその内表紙。


42

▲扉写真の詩人の風貌

その大手拓次36歳の秋、
入社してきた女子社員山本ちよ(Yさん)に一目ぼれ。
11月16日初対面。
12月15日「初めてYさんの声をきいた」と日記に記し、
「こえ」という詩まで書く。

  かすめさりたり こえなれど
  とはにきえじ
  とはにきえじ
  ああ そのこえの
  かなしきまでに こひしかり

人づてに「Yさん」が電車で哲学概論を読んでいたと聞けば自分も買って読む。

  1月4日
  今日初めてYさんとくちをきいた。
  新年のあいさつをされたので、私もかへした。

  2月9日
  Yさんに「青猫」と「詩と音楽」新年号をわたした。
  「あげます」といふをりがなかった。

37歳にもなりながら、
本を貸す以上の行動に出られなかった含羞の詩人。
あげるつもりだったのに、それさえ言えない。
自分の本が彼女の部屋にある、
それだけで嬉しかったのに、

  2月20日
  Yさんに本を返された。
  かなしかった。
  一日中さびしくって、
  しようがなかった。
  あとで、洗面所であったから
  「お返しにならなくてもよかったのに」といったら、
  ほほえんでいた。
  さびしい、さびしい。

残された日記を中心に、
歌人生方たつえが綴る、
短くせつない、
乙女のような詩人の恋。



5

女優 山本安英 宮岸泰治 影書房 2006年



6

新版 歩いてきた道 山本安英 埼玉福祉会 大活字シリーズ 1990年
(底本 未來社刊「新版 歩いてきた道」)

そのYさん、山本ちよは、
ライオン歯磨退社後「築地小劇場」の創立に参加、
新劇の基礎を築き、
「築地小劇場」解散後は、
戯曲「夕鶴」の37年間1037回公演でも知られることになる、
のちの大女優、山本安英(やすえ)である。

美内すずえ「ガラスの仮面」の月影千草先生は、
安英がモデルだという。

でも、正直なところ山本安英さん、
写真を見る限りそんなに美人とは思えない。
詩人からは、
「Yさんは私の生涯のうちで最も印象の深い人。
 最も美しい人。最もふさはしい人。
 否真実のひと。」
と賛美されているが・・・。

芯の強い、
きっぱり、さっぱりした気性の女性だったようだ。

上記「娶らざる詩人」の著者
生方たつえさんは晩年の山本安英に逢う機会があり、
拓次のことを訊ねてみると、

  あの方が、あのようにお思い下さっていることを、
  若いころの私はちっともうけとれないでいまして、
  申しわけないことをした、とそう思いますわ。

という返事だったそう。



7

わが青春の薔薇座 千秋実・佐々木踏絵 リヨン社 1989年(装幀 真鍋博)

千秋実は黒澤映画でもおなじみの俳優。
先日ブログにも書いた「昨日、悲別で」の
悲別ロマン座の館主。
佐々木踏絵は女優で千秋の奥さん。

戦後日本の焼け跡の中、
大衆から遊離した「新劇」を離れ、
庶民のための「現代劇」をやろうと、
千秋実を座長に若者だけで立ちあげた劇団「薔薇座」。
その喰うや喰わずどころか、喰わずや喰わずの奮闘記。

金銭欲にまみれた人間もまとわりつくが、
無償の応援を惜しまない人もいる。
ロッパにも縁の深い菊田一夫ほか、
宇野重吉、殿山泰治、大宅壮一、黒澤明、
ほか多数の関係者が実名で登場するが、
その悪口も遠慮なく書いているのが面白い。

ロッパ日記にも見られる往時の浅草のガラの悪さ、
興行主達のタチの悪さ、
散々な目にあう九州公演、
小説を読むように面白い。

新劇への反発から始まった薔薇座だが、
千秋もその最初の出発点は築地小劇場で、
芸名千秋実の名付け親は、
なんと当時幹部だった上述の山本安英。

安英の芝居に感服し内弟子にしてくれと申し出たが断られ、
「じゃあ、せめて芸名をつけてください」と頼んだそう。

  何日後か、勝治が稽古場の前にくると、
  二階の窓から山本が顔を出した。
  「チアキさん!」
  と呼ぶ。
  勝治は自分のことではないと思うから、
  まわりや後を見回したがそばには誰もいない。
  山本はニコニコして、
  「チアキミノルさん」とまた呼ぶ。
  勝治は人さし指で自分の鼻をさした。
  僕のことですか、という表情だ。
  〃僕のこと〃だった。
  稽古場に入っていくと、
  改めて紙をもらった。
  「千秋實」と書いてあった。




ということで、
偶然手にした大手拓次詩集から、
山本安英、千秋実へと、
グルリ一回り。

いずれも図書館から借りてきた。
ほとんどは閉架から。
図書館がなかったら読めなかった本、
いやあ、図書館は有難い!


2016年9月14日 (水)

読書会【第2回】をしました

「読書の秋!」というほどには、
まだ秋めいてきませんが、
先日9月12日の月曜日、
読書会【第2回】をしました。

当日はあいにく朝から雨、
夕方近くにはどしゃ降りになってしまいましたが、
それでも発表者は前回より増えて9名。
発表いただいた方も、
「聴くだけ」の方も、
ご参加、ありがとうございました!


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では「読まれた本」を発表順にご紹介。
ぶらん亭ライブに出演の方は、
人前に立っての活動をされてる以上、
名前を公表しても差し支えはないと思いますが、
一般の方もいらっしゃいますので、
全員イニシャルで統一させていただきました。
では、いざ!


■おっさんR
 「姥ざかり旅の花笠」 (田辺聖子)
 商家(質屋、両替商)のお内儀さんふたりが、
 家業のかたわら学者(伊藤常足)の先生の塾にも通い、
 なんと50歳過ぎておんなふたり江戸への旅へ!
 学問は本来、人生の質を高め、
 豊かに生きるためのものなんだと改めて思う。
 主人公の小田宅子(いえこ)さんは高倉建さんのご先祖さまで中間の底井野に、
 お連れさんは芦屋に実在した人。


■ミュージシャンW師匠
 「うつろ舟」 (澁澤龍彦) ほか
 江戸時代に漂着したUFOか?タイムマシンか?といわれ、
 いくつかの書物に実際にその図版も残っているうつろ舟。
 その伝説をもとに自由に想像力を羽ばたかせた澁澤龍彦晩年の傑作。
 BGMをかけながら発表の予定が、オーディオの不調で音が出ず。
 W師匠、スミマセンデシタ!


■人妻Sさん
 「書物の王国6 鉱物」(澁澤龍彦:編)
 「鉱物レシピ」(さとうかよこ)ほか
 貝の火(宮沢賢治)、水晶物語(稲垣足穂)等、
 鉱物にまつわる話を集めた幻想短編集と、
 なんと!自宅でも鉱物が作れる!という鉱物遊びの本。


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▲Sさんが作った結晶。
 自分で石が作れるなんて!!!
 これはわたしも試してみたい!
 写真ではうまく写せませんでしたが、
 実物はとっても綺麗です。



■淑女Kさん
 今森光彦写真集 「湖辺」(みずべ)
 美しい自然写真を撮り続ける写真家、
 今森光彦さんの琵琶湖写真集。
 アラスカで知られる星野道夫さんとも交流が深かったらしく、
 琵琶湖近辺のそのアトリエには、
 星野さんも一時滞在していたとか。


■歌唄いY女史
 「鉄コン筋クリート」松本大洋
 「茨木のり子詩集」
 知らなかったけど「鉄コン筋クリート」はアニメにもなってたんですねえ。
 好き嫌いの分かれる絵だけど、松本大洋、人気が高いんですね。
 茨木のり子詩集からは例の『自分の感受性くらい』を朗読。
 実際、疲れたときには効く詩です。
 気が弱ってる方は、ネットで検索しても読めると思いますよ。


■K青年
 「動物農場」(ジョージ・オーウェル)
 人間を追い出し理想の世界を作ろうとしたはずの動物達、
 結局は独裁支配、恐怖政治へ変貌していく。
 直接的には旧ソ連のスターリン主義への批判らしいんだけど、
 思うのは、いつの世でも、
 どんな体制下でも変わらない人間の本質・・・。

 
■おっさんH
 「図解 家庭菜園ビックリ教室」(井原豊)
 「永田農法でコンテナ栽培」ほか
 園芸本まで登場するところが、ぶらん亭なりの読書会という感じで嬉しい!
 おっさんHは、ぶらん亭ライブに折々の収穫物を差し入れしてくれてる人。
 いつも新鮮なおいしい野菜をありがとう!!!
 「家庭菜園ビックリ教室」はアマゾンで見てみると10人が星5つという高評価。
 永田農法は、別名「断食農法」「スパルタ農法」とも呼ばれるユニークな栽培法。


■熟女Pさん
 「ツバキ文具店」(小川 糸)
 母親を知らず厳しい祖母に育てられた主人公鳩子ちゃんは愛称ポッポちゃん!
 文具店・代筆業をしながら、人のさまざまな面にふれ成長していくお話(らしいです)。
 作者の小川糸さんは映画にもなった「食堂かたつむり」の人ですね。
 わたし、こういった世界、こういうきっかけがなければ、
 絶対自分からは読もうとはしない分野なんですけどね、
 今度読んでみようという気になりました。


■日本画家Mさん
 「夢十夜」(夏目漱石)
 百鬼園先生の「冥途」にも似た、なんとも不可思議な味わいの作品。
 なんたって百鬼園さんの先生ですもんね。
 当日はそのもっとも印象深い第一夜を朗読されました。
 ちょっと怖い、ちょっとせつない、ちょっと突き放されたような、
 なんとも不思議な味わいの短編です。
 興味のある方、ネットの「青空文庫」でも読めますよ!


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▲CAT'S & HAT'S

そして最後は「CAT'S & HAT'S」のおふたりによる詩の朗読

 ●草野心平『蛙のうた』から「秋の夜の会話」
 ●友部正人「マリーナとウーライ」

 ああさむいね  虫がないてるね・・・
「秋の夜の会話」は自宅のベランダで録音したという虫の音にのせて、
「マリーナとウーライ」はギターの調べにのせての、
心に染みる朗読でした。
「CAT'S & HAT'S」は11月のぶらん亭ライブ(11月26日)に出演予定です。



ということで、やっと第2回ですが、
これからますます楽しいユニークな読書会に発展していきそうな予感!
年内にあと2回ほどやりたいですね。
初めての方でも気後れするような場ではありませんから、
お近くの方はお気軽にご参加を!
お近くでなくても是非!
当日も、遠い方は、
博多の先の先、いくつか交通機関を乗り継いで、
最後には全ての交通機関が終わっている時間だから一駅分は歩いて帰るという、
そういうところからのお見えでした。
ありがとうございました!!!!

2016年9月 1日 (木)

読書会【第2回】をします。

あなたのお薦めの一冊をお教え下さい!
あなたの一冊が、誰かの人生を変えるかもしれません。
誰かの一冊が、あなたの明日を広げるかもしれません。

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ということで、
そんなに深い本読みでもないのに、
なんの知識も造詣もないのに、
狭い貧しい偏った読書体験しかないのに、
エラソーに「読書会」などというのを7月にやりました。
どうなることかと思ってましたが十数名の方がご参加くださり、
おかげさまで文芸書はもちろん、
それ以外にもマンガや写真集や聖書や歌集やと、
バラエティ豊かな、くつろいだ読書会となりまして、
ご参加いただいた方には思った以上の好評を頂けたようです。

ということで調子に乗って、
すぐにでも第2回をと思いましたが、
なんせ、今年のこの猛暑、
じっと我慢しておりました、
死んでは元も子もありませんからね。

ということで、
やっとなんとか涼しくなってきそうな今日この頃、
早速第2回をします。



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時    9月12日(月曜日) 6時開場 夜7時半〜9時くらい
参加費  500円(ワンドリンク+お菓子付き)
     持込み自由
場 所  北九州市小倉北区片野2丁目16-15 ぶらん亭 (居酒屋「たまりば」のビルの2階) 
     電話 093ー951ー6143
     モノレール片野駅下車、徒歩8分ほど




今回も、
「お勧めの一冊」をメインに考えています。
参加いただける方は、
お気に入りの一冊をご持参の上、
5分〜10分ほどのスピーチをなさってください。
「人前で話すのはどうも」という方は、
聞いてるだけでも結構ですよ。
とにかく気軽に本のことあれこれ、
楽しく語り合いましょう。

人づきあいの下手な自分にとって、
本は世界に開かれた窓でした。
ぶらん亭は始めての方でも気後れするような場ではないと思います。
ぼく自身がいまだ人と交わるのが得意じゃありません。
主催者がそんな風ですから、
人見知りの方、引っ込み思案の方、
歓迎です!
どうぞご遠慮なく、
お気軽にご参加下さい。

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▲前回の読書会風景です。
 (7月12日「読書会をしました」をご参照ください)



で、さらに今回は、
アトラクションといいますか、
豪華特別付録といいますか、
ギター生演奏に乗せての詩の朗読というのも計画しています。
披露してくださるのは11月のぶらん亭ライブ(11月26日)出演予定のユニット、
「CAT'S & HAT'S」のおふたり。

で、さらにもう少し盛り上げようと、
「10円から始める古本(といっても軽い文庫本とかです、スミマセン)オークション」とか、
「貸本屋 ぶらん書店」とか、
まだはっきりしませんが、
当日までになんかそんなお楽しみ?も考えておきますから、
「オチャモ ワカシテ」おきますから、
「オイシイ オカシ」も用意しておきますから、
どうぞ「ドナタデモ オイデ クダサイ」。


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▲猫もいます。
 「キテ ニャ!」と申しております。
 (左:堂々と太いのがブラン♀、右:痩せて細いのがルテン♂)


2016年8月18日 (木)

憧憬絵画館

夏になるとむくむくと、
入道雲みたいに湧き立つもの、
たどり着けないから輝き続けるもの、
普段はそういうのを忘れて大人をやってるのに、
夏がくると背伸びして輝きを増すそれら、
少しせつなくまぶしいもの・・・


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▲小学館学習図鑑シリーズ「岩石と鉱物の図鑑」口絵 昭和36年


晴れ渡った空、
美しい川岸での野外学習、
赤い鉄橋、
にこやかながらもネクタイを締め毅然とした先生、
勉強することが楽しくてたまらないといった感じの、
賢そうな子供達・・・、
ベレー帽なんかかぶってる子もますね。
なんておしゃれなんでしょう。
おまけに先生が下げてる「胴乱」!

胴乱というのは、
じつはいまだに実物を見たことはありません。
今はあまり使われてないんでしょうね。
植物採集の道具として学習誌で知りました。

その「植物採集」というのにもあこがれましたねえ、
なんてったってこちとら田舎の子、
まわりは草だらけ、
植物なんて珍しくもない。
そんな草でも採集してきれいな標本にして、
名前を調べてラベルをつけて、
整理・分類すれば
「研究」というものになる!
その驚き、
つまりは「学問」というものへのあこがれだったのでしょうか?

「植物採集」、「林間学校」、「キャンプ」、
「ボーイスカウト」、「湖」・・・、
それは芋しか知らない子にとっての「チョコレート」、
甘茶まつり(灌仏会)しか知らない子にとっての「クリスマス」、
そんな響き!




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これも上と同じ「岩石と鉱物の図鑑」の、
その扉絵。
この子達も賢そうですね。
まあ、あの頃の子達、
ホントのとこを描いたら、
絵になりませんからね。
みんなズルズル鼻垂れて、
シラクモとかハタケとか作って、
え?シラクモもハタケもご存じない?
まあ顔や頭にはえるカビのようなもんです、
とにかくみんな汚くて、
泣きそうな顔してたように思います。

鉱物標本を研究してますねえ、
いいですねえ、
ぼくらの頃なんか、
鉱物採集どころか、
行くのはボタ拾いですもんねえ。

それよりなによりあこがれを掻き立てるのは、
その背後の窓から見える景色!
これはもう湿気の多い日本を離れて、
そのままアルプスにつながっていそうな景色ですね。
牧場があって、ハイジがいて、
ミルクを飲んで、バターを作って・・・、



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▲保育社のポケット図鑑「夏の野草」 昭和28年

高山植物!
高山というだけでもワクワクするのに、
食虫植物?!
植物が虫を食べる?!

興奮しましたねえ、
初めて「食虫植物」というのを知った時には、
探しに行きましたよ、
近くの草むらを、湿地を、
憑かれたように。

大人になって植物園で実際に見た時、
思ったほどにはワクワクしなかった自分が、
ちょっと残念でした。

それから、
夏でも消えない雪!
その尾根を吹く風、
その風はどんなに気持ちいいだろう!

こういうところへ行くときは、
山小屋というのに泊まるんだろうなあ、
汽車に乗って、
バスに乗って、
中腹までケーブルカーとかがあったりするのかなあ・・・、
そして夜はランプの下・・・、


  ♪黄昏の灯は ほのかにともりて
   懐かしき山小舎は ふもとの小径よ
    (山小舎の灯 米山正夫作詞作曲)

頭の中がこの歌でエンドレス状態、
「山小舎」の窓辺の自分を思いながら、
歩きまわっていた日暮れ・・・。




夏は遠くを思います。
夏に思う「遠く」は、
他の季節に思う遠くより、
さらに遠いような気がします。


2016年8月11日 (木)

山の上の空は美しい

地元八幡出身の作家、
村田喜代子さんの「海のサイレン」という小説の一節、
小説の主題とはちょっと離れているかもしれませんが、
印象深い箇所がありましたので書き写しておきます。

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 身内の年寄りの中で最年少の叔母には、このサイレンには別の思い出もあった。ある日、B29が飛んできて、空から無数の白い小さなものをヒラヒラ……と振り撒くのを見たのだった。晴れた昼下がりにそれはゆっくりと舞いながら降り注ぐ。B29は天気の良い日にやってくる。雨や雲で視界が悪いと用を果たすことができないからだ。
 おとなはその降ってくるものを拾ってはいけないと言うが、叔母は学校友達と帆柱山に拾いに行った。
「娘心にあんな美しかもんを間近で見たかったと」
 八幡の町は長い傾斜で山へと延びている。駆けたり、歩いたりしながら一時間ほどかけて山に登ると、日本語の印刷された紙が林や草原に点々と舞い落ちていた。そこにどんな文章が書かれていたか叔母は覚えてないが、日本の降伏をうながすチラシだったようである。
「拾うてはいかん、読んでもいかんと、怖ろしゅうて汚いもんみたいに言うが、子どもの目には神様のプレゼントのように美しゅう見えたんよ。そしてB29が飛んでくる帆柱山の裏には、天国みたいな綺麗な場所がきっとあると思ったと」
 山の上の空は美しい。少女だった叔母はそう信じた。

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写真中央皿倉山、
右側が帆柱山。

その向こうの空から・・・


ぼくは戦後の生まれですが、
子供の頃にはまだ、
飛行機からビラを撒くという宣伝方法がありました。
山や畑のあちこちに落ちるビラを、
子供達は競って拾い集めたものです。

そして山の向こうには
きれいな町があるとも思ってました。
実際登ってみると、
向こう側には自衛隊の分屯地があって、
見てはいけない秘密基地だと思い、
子供達はこわごわ見下ろしていたものです。

あの頃の空には、
銀色に光る双胴の軍用機も、
よく飛んでいました。

鉄人28号が、
まだ戦争の匂いをプンプンさせていた頃です。
(アニメの鉄人からは消えてますが)

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「海のサイレン」は、
「光線」という作品集(文藝春秋 2012年)に収録されています。



8月9日、小倉へ投下予定だった原爆が長崎へ変更されたのは、
悪天候もありましたが、
その前日の3度目の八幡大空襲の煙がまだ消えず、
視界をさえぎっていたというのも理由だったそうです。

2016年8月 9日 (火)

日曜日の青い空

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  夢みたものは ひとつの幸福
  ねがったものは ひとつの愛
  山なみのあちらにも しづかな村がある
  明るい日曜日の 青い空がある




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立原道造の詩「夢みたものは・・・・」の出だし4行です。
夏になるとよく思い出します。
  山なみのあちらにも しづかな村がある
  明るい日曜日の 青い空がある
この2行が特に好きです。




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この詩を知った頃には、
年上の詩人でしたが・・・。

享年24歳、

ずいぶん昔に追い越して、
それからまたずいぶん遠くへ遠くへ・・・。


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